ホーム ニュース 国宝級「中尊寺経」一部 左京・檀王法林寺の経典2巻

国宝級「中尊寺経」一部 左京・檀王法林寺の経典2巻

60
0

京都市左京区の檀王法林寺に伝わる経典「集諸経礼懺儀(じゅうしょきょうらいさんぎ)」(上下2巻)が、平安時代後期に奥州藤原氏が作らせた経典「中尊寺一切経(いっさいきょう)」の一部であることが22日までに、仏教研究者らの調査で分かった。紺色の紙に金銀の文字で経を書いた珍しい形式で、専門家は「奥州藤原氏の権勢がうかがえる」としている。

557.gif
金銀の文字 権勢示す

 国際仏教学大学院大(東京都)の上杉智英研究員らが、3年前から調査していた。経文は一行ごとに、金字と銀字で交互に書かれていることや内容から中尊寺経と判断。経典が寄託されている京都国立博物館の赤尾栄慶学芸副部長も「形式などからみて中尊寺経に間違いない」としている。

 中尊寺経は和歌山県の金剛峯寺に4300巻ほどがまとまって残り、国宝指定されている。上杉研究員によると、檀王法林寺に伝わっていた「礼懺儀」はこれまで中尊寺経と別系統の経典と考えられていた。檀王法林寺には前身の寺から伝わったか、江戸時代初期に同寺を開いた袋中(たいちゅう)が収集したとみられるという。

 字や紙の傷みも少なく、赤尾副部長は「金字のみで書かれた経典は多いが、銀字との交じり書きは大変珍しい。作成には膨大な手間と費用がかかっているはずで、奥州藤原氏の当時の力を示している」と話す。

 また上杉研究員によると「礼懺儀」下巻には、鎌倉時代から法然が同様の経典で使用したとされる「南無」の文字があり「経典の伝来や変遷を知る手がかりにもなり、内容的にも極めて重要な史料だ」としている。

【中尊寺経】「紺紙金銀字交書一切経(こんしきんぎんじこうしょいっさいきょう)」とも。奥州藤原氏の初代清衡が中尊寺(岩手県)に納めるため、1117(永久5)年から9年間かけて約5400巻を書写させた。紺紙金銀交書の一切経は中尊寺経のみとされる。その後各地に散逸し、金剛峯寺分を含めおよそ4500巻が現存しているとみられる。檀王法林寺の「礼懺儀」とは別に、京都国立博物館にも2巻(重要美術品)が残る。

京都新聞 から

前の記事死と進化
次の記事私の仏教、瞑想修行