ダンマパダ-法句経
第12章- -第26章
第12章 (157)
もし自己が愛しいものと知ったならば、
自己をよく護れ。
賢者は、
夜の三つの区分のうちの一つだけでも、
目ざめていなければならない。
第13章 (170)
世の中は泡のごとくであると見よ。
世の中は陽炎のごとくであると見よ。
世の中をこのように観る人は、
死王も彼を見ることはできない。
第14章 (183)
諸々の悪をなすなかれ。
衆の善につとめよ。
自らその心を清めよ。
これ諸仏の教えなり。
第15章 (201)
勝利すれば怨みを生じる。
敗れた人は苦しみ臥せる。
勝敗を捨てて安らぎを得た人は、
安らかに臥せる。
第16章 (210,211)
愛するものと会うな。
愛しないものとも会うな。
愛するものに会わないのも、
愛しないものに会うのも苦しい。
それゆえに愛するものを作るな。
愛するものを失うのは辛い。
愛するものも愛さないものもない人には、
わずらいがない。
第17章 (227)
過去にも言われている。
語らぬものも非難され、
多く語るものも非難され、
少し語るものも非難される。
世に非難されないものはいない。
第18章 (237,238)
汝の命は終わりに近づいた。
汝は閻魔大王に近づいた。
汝には、道中休むところなく、旅の食料もない。
だから、自らのよりどころをつくれ。
速やかに精進せよ。
賢明であれ。
けがれなく、罪過なければ、
もはや生死に近づかないであろう。
第19章 (271,272)
私は出家者としての最高の楽しみを得た。
これは凡夫には味わうことの出来ない楽しみである。
これは、戒律や誓いだけによっては得られない。
さらに、博学や瞑想や独臥を加えても得られない。
それは、汚れが消えうせたときに得られるのである。
油断することなく精進するが良い。
第20章 (277,279)
一切のものは無常であると知るのが、
明らかな智恵であり、
人は苦しみから遠ざかる。
これこそが清らかになる道である。
一切のものは非我であると知るのが、
明らかな智恵であり、
人は苦しみから遠ざかる。
これこそが清らかになる道である。
第21章 (291)
自分の快楽を得るために、
他人を苦しめるならば、
恨みの紐にまといつかれ、
恨みから逃れることは出来ない。
第22章 (314)
悪をなすよりは何もしないほうがよい。
悪を行えば後で悔いる。
単に何かを行うよりは善を行うのがよい。
行い終わって、悔いることがない。
第23章 (328)
思慮深く、行い正しく、
聡明な伴侶を得ることが出来たならば、
あらゆる危険や困難を乗り越えて、
心喜び、正しく念じつつ、
ともに歩むがよい
第24章 (349)
考えが定まらず、心が乱れ、
愛欲が激しくつのるのに、
愛欲は清らかだと言う人は、
愛への執着をますます深める。
そしてこの人は、
束縛の絆を実に堅固にしてしまう。
第25章 (380)
正に自己は自分のあるじであり、
自己は自分のよりどころである。
故に自己をととのえよ。
よい馬を育てるように。
第26章 (393)
螺貝のような髪をしているからバラモンなのではない。
名前によってバラモンなのではない。
生まれによってバラモンなのではない。
真実の法を悟る人は安楽である。
彼こそバラモンなのである。
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