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韓国の宿坊体験

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01-54.gif今回は夏の旅行シーズンに向け、ひと味ちがう韓国の観光資源を紹介します。ふつうの旅では満足できない私の事務所の日本人スタッフ(40代、男性)が珍しく喜んだ、韓国の「宿坊」体験(テンプルステイ)。舞台は済州島の薬泉寺(ヤクチョンサ)。以下、日本人スタッフのレポートでお伝えします。

 ——薬泉寺は単一寺院としては東洋最大規模で、観光バスでも回る名所のひとつだが、ただ見学しただけでは「韓国の寺とはこういうものか…」だけで終わってしまう。しかし、ここで寝食し、朝晩のおつとめ(読経)をすれば、大いなる気分転換になることまちがいなし。

 お寺に着いたら早速ピンク色の僧衣に着替える。“ミーハー仏教”気分が一気に盛り上がる。いっしょに宿坊体験した日本人の一人が「大浴場はどこにあるの?」と言っていたが、ここはホテルではない。4〜5人が眠れるオンドル部屋には洋式便器とシャワー。冷蔵庫完備。田舎の安めのモーテル級。ここで眠れない人は韓国の田舎を旅することは難しいだろう。

02-34.gif 夕食はバイキング形式。豆腐、豆もやし、黒豆、ナムルなど。大衆食堂の料理から主菜を抜いたようなもの。味気ないと言えってしまえばそれまでだが、これは仏教体験なのだ。俗な生活から余計なものをそぎ落としていく、引き算の世界。

 夜の読経。「五体投地」のように立ったり座ったりする動作もある。同じ言葉を108回唱えているうち、学生時代にうっかり体験入信してしまった新興宗教のことを思い出す。しかし、これも音楽だと思えばなかなか楽しい。身体を揺すりたくなってくる。経文が書かれたプリントをもらえるので、韓国語を勉強中の人なら発音の練習にもなるだろう。経文は漢字語なので、日韓の発音は酷似している。南無阿弥陀仏(ナムアミダブツ)=ナムアミダブル。

 読経の後は夜の寺院を彩る行燈作り。白い紙が貼られた針金の型(球形)にピンク色の紙の花弁を貼りつけていく。幼稚園のときの図画工作を思い出す。けっこう難しいが、こんなふうに何かに集中するのは久しぶり。目の前に座る50代のお坊さんがていねいに教えてくれる。全羅南道の麗水出身だそうだ。洒脱な人だが、目になんともいえない凄みがある。細身だが、ケンカが強そうだ。意味もなく緊張する。このお坊さんの人生を想像してみる。これもひとつの宗教体験。でき不出来さまざまな行燈を完成させた後はアイスクリームがふるまわれた。

 翌日は3時起床なので就寝は9時。50代後半と同世代の男性と同室。子供ではないのでそうあっさりとは眠らない。夕方、参道入り口のみやげ物屋で仕込んでおいた済州マッコリを冷蔵庫から出して、坊主見習いたちの静かな酒盛り。50代男性は旅行カバンからオールドパーを出してきた。隣室の50代男性が「いびきがうるさい奴がいて眠れん」と言いながら入ってくる。縁もゆかりもない人と酒を飲み、同じ部屋で眠るのもいいものだ。大人の修学旅行。眠ったのは12時頃。

 朝3時。他の部屋からは誰も起きてくる気配はないが、決めごとなので本堂へ向かう。外はまだ暗い。再び読経。後ろのほうからいびきが聞こえるような気がした。半覚醒状態で108回も同じ言葉を繰り返していると、なんだか気持がよくなってくる。眠気ではない。自分は昔からここにいて、こうしていたような気がしてきた。トランス状態と言うのだろうか?

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 朝のおつとめの後は不覚にも2度寝。6時に起きて朝食。風呂敷のようなものに包まれた4種の大きさのボウル、箸、スプーンが座布団の前に用意されている。参加者のうち4人が配膳係となり、ご飯とみそ汁が供される。おかずは白菜キムチ、豆もやしのナムル、青菜、蓮根、タクアン。

 食事にはさまざまな決めごとがある。配膳係から食べものを受けるときは礼を欠かさない。食事中、おしゃべりはもちろん、汁をすする音、食器の音もさせてはならない。住職の性圓(ソンウォン)さんから、ありがたいお話もいただく。「ゆっくり、よく噛んで食べること」「食べ物をもたらしてくれた自然に感謝すること」「料理として膳にのぼるまでに多くの人々の手がかかっていることに思いをはせること」などなど。ふだんの自分の食事はPC画面を見つめながら、携帯入力しながら、雑誌をめくりながら、ということが多い。お寺での食事はとても時間がかかるが、ただ、ゆっくり食べるということが、とてもぜいたくで、ありがたいことのように感じられた。これは消化もいいにちがいない。これからは食べる時間をもっと大事にしようと思う。食後は器に水を注ぎ、タクアンできれいにする。その水もタクアンも、残さずいただく。

 わずか15時間ほどの滞在だったが、少しだけ清らかになったような気がする単純な自分。もう1泊してみようかな? などと思ったりもする。とても着心地のよかった僧衣になごりを惜しむ。菜食が2回続いただけだが、その日のランチは言わば“精進落とし”。済州島名物「黒豚」焼肉とビールのおいしかったこと、おいしかったこと——

 済州島は風光明媚な島で、リゾート施設も充実し、最近は韓流スポットも多様化していますが、エキゾチックな魅力あふれる日本の沖縄と比べると、「どこか間延びしている」という声を聞くことも少なくありません。テンプルステイは、そんな済州島観光のアクセントになると思います。済州に2泊、3泊される予定の方はそのうち1泊を宿坊で過ごしてみてはいかがでしょうか? あっ、くれぐれもウチの日本人スタッフのように、お酒を持ち込んだりしませんように(笑)

※テンプルステイの料金は、1泊2日で3万ウォン(現在のレートで約2200円)。行燈作り、茶道体験などを追加すると+2万ウォン。申し込みはネット、メール、または電話で。

朝日新聞 から




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