起伏に富んだ丘へと続く緑の草原で道に迷った。意外にも携帯電話が通じたため連絡をすると、近所に住むという少年3人が馬に乗って迎えに来てくれた。
モンゴルの首都ウランバートルから北に約120キロ。生まれながらの心臓病に苦しむ遊牧民の男の子がいると聞いて、草原に残るわずかなわだちを頼りに車で3時間走った。あちこちに丸い形のゲルと呼ばれる遊牧民の移動式テントが点在していた。
白い幕のゲルから出てきた女性、オドンチムグさん(27)の腕の中に、心臓病に苦しむ次男、ビレグデンベレルちゃん(1)がいた。笑顔で甘えているが、顔の血色が悪く白っぽい。家族4人が暮らすゲルは8畳間ほど。電気が通っておりテレビと冷蔵庫があった。塩味の強い羊肉のスープをいただきながら、話を聞いた。
ビレグデンベレルちゃんは生後すぐ、心臓の病気が4つ重なるファロー四徴症と診断された。モンゴル人医師は「できるだけ早く海外で手術を受けるしかない」と言った。父親のウーガンバートルさん(29)は情報を求めて国内で心臓病の手術を受けた子供を訪ねたが、「手術後まだ具合が悪い」と言われ、心配は増すばかり。
「自分たちでは何もできない」とチベット仏教の僧に相談し、「病気は子供の名前が良くないからだ」と言われ改名した。オドンチムグさんは「いつ具合が悪くなるか分からない。いつも一緒にいないと心配です」と涙を流し、ビレグデンベレルちゃんを抱きしめた。
今年から両親の元を離れてゲルを持ったため、家畜は牛5頭と馬5頭だけ。現金収入は牛と馬の乳を搾って得るが、日によって左右される。月収は夏なら46万ツグリク(約3万円相当)と平均程度だが、冬になると収入は半減するという。草原が雪で覆われる冬は、気温がマイナス40度にもなり、乳もあまり搾れなくなるからだ。
首都の国立母子保健センターで3カ月に1度検診を受けるが、片道4100ツグリク(約260円)の列車代も負担だ。祖母のエンヘーさん(52)は「収入は電気代や野菜を買うだけで消えてしまう。列車代も大変だけれど、子供のためだから」と語った。
日本でならば、先天性の心臓病の子供のほとんどが手術を受けるが、ここモンゴルでは1割に満たない。このほか、海外渡航手術という道もあるが、支援を得られる子供は1~2割しかいない。それも根治が可能な子供が優先される。
ビレグデンベレルちゃんも海外での手術を希望しているが、オドンチムグさんは「ただ、幸運が訪れるのを待つしかできません」とつぶやいた。
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