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大乗仏教は仏説か (二)

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 聖書やコーランは、絶対唯一の神の言葉を記したものであるから永遠不変である。そこでキリスト教やイスラム教が現実に対応するためには、聖書やコーランの言葉の解釈を変えるしか方法がない。こうして解釈学というものが生まれてきたわけであるが、仏教では新しい経典を制作することによって、現実に対応してきたのである。だから本来なら21世紀の日本には、その現実に即応した新しい経典が生まれるべきなのである。ところがこのよき伝統が中国において失われてしまったので、中国や日本では祖師たちの著作がこれに代わる役割を担うことになった。

 仏教はこういう構造を持っているのであるから、仏は次から次へと生まれてこなければならない。もし仏が生まれてこないなら、仏教が生成躍動する活動をしてないという証拠なのである。そしてこのような考え方は釈迦仏教も大乗仏教も変わらないから、釈迦仏教には過去にたくさんの仏が存在したことが前提になっているし、大乗仏教には同時にたくさんの仏が登場するのである。

 仏教徒であることの最低の条件は「仏」と「法」と「僧」の三宝に帰依することとされる。この三宝帰依は、釈尊成道の直後に仏教信者になったタプッサとバッリカという2人の商人が、「仏」と「法」に帰依したことに淵源があるが、この「仏」は燃灯仏のもとで初発心して諸々の仏のもとで修行して仏になった釈迦牟尼仏であり、「法」はこの仏に必然的に伴っているものなのである。要するに三宝帰依の中の「仏」「法」の二宝は、仏を仏たらしめ、法を法たらしめているところの、諸々の仏に通貫するものや、諸々の仏が悟った真実や諸々の仏が説いた教えなのである。文献によってはこの時すでに「僧」に帰依したとするものもあるけれども、この「僧」とは、「仏」と「法」を自らも体得した聖なる弟子たちの集団を指す。

 44-3.gifこのように仏教徒が帰信すべき「仏」や「法」は、そもそも釈迦牟尼仏や釈迦牟尼仏の教えに特化されないのであって、したがって大乗仏教の経典は釈迦牟尼仏にこだわる必要は毛頭なかったのである。

 もっとも大乗仏教経典を制作した者たちも、このような仏教の基本的立場を釈迦牟尼仏によって教えられたという自覚を持っていたのかも知れない。「大乗経典は仏の説いたものであるけれども、数が膨大である上に、小乗仏教徒たちに説いても理解しがたいほど深い教えであるから、結集会議においては報告されなかった」(『大智度論』巻100)というのは、詭弁のように聞こえるけれども、あるいは本当の思いであったのかもしれない。

 また大乗経典の中には、「悪魔が比丘の姿をしてやってきて、私が真の仏法を教えましょう。あなたの聞いている教えは仏法でも仏教でもない、文を飾って合集して作ったものに過ぎないと言った」(『摩訶般若波羅蜜経』巻16)というような、あたかも釈迦仏教の側から、大乗仏教は仏説にあらずというような非難があったと考えられるような記述も存するけれども、しかし現実には、彼らが「小乗仏教」とさげすんでけんかを売った側の「釈迦仏教」からはそういう非難は生じていない。インドでもどこでも釈迦仏教と大乗仏教は仲良く共存していたのである。

 このように、「あるがまま」なる真実を「あるがまま」に知る者が仏であって、仏教とはあなたたちも「あるがまま」を「あるがまま」に知って仏になりなさいという教えなのであるから、ことさら開祖やら創唱者というものを持ちださなければならないものではないのである。いわばこれは単に至極当然の、今流に言えば合理的・科学的な「ものの見方」を示しているだけのことであって、キリスト教やイスラム教はイエスやムハンマドがいなければ成り立たないが、仏教は釈迦牟尼仏がいなくても十分に存在しえるのである。その証拠に日本の仏教ではすでに釈迦は「ほっとけ」になっている。きちんと調べたわけではないが、日本にある数万のお寺のなかで、本尊を釈迦牟尼仏とする寺はおそらく1割にも満たないであろう。

 だから今さら「大乗仏教は仏説か」などというピンボケの主題を立てて論じることもないのである。仏教というものはそもそもはとてつもなく大きくて、おおらかで自然で、ぼんやりしたもであって、はたして宗教といってよいのかという基本的な疑問すら存するのであるから、創唱宗教の一つなどと定義して、仏教の開祖は釈尊などというと、どこか間違った方向に導かれてしまうような気がしてならない。

森 章司 (東洋大学名誉教授) より

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http://www14.plala.or.jp/hnya/tokubetukikou-.html から

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