インドシナ半島にあるカンボジア・ラオス、あるいは、近隣国であるタイなどの国々は上座(小乗)仏教の国であるが、ベトナムだけは大乗仏教を信仰する人々が大半を占める国である。この点が決定的に異なっている。おそらく1000年に及ぶ中国の支配を受けた結果、ベトナムは大乗仏教の受容国となったと考えられる。ベトナムが現在のような国域を有していなかった時代には、中部地方を中心に海洋国家であるチャンパ王国が存在した。この国はヒンズー教を国教としていたことようである。そのことは、ミーソン遺跡の存在により確認できる。また、このチャンパ王国の末裔とされる少数民族の中にはイスラム教を信仰する人々もいる。
ベトナム仏教の歴史をごく簡単に紹介すると、ベトナムには当初、インドから仏教がもたらされたようである。しかし、インドで仏教が衰退しはじめると、中国経由で仏教が導入されることとなった。一般にベトナム仏教は臨済宗を基礎とする禅宗だと理解されているが、禅宗と浄土教が交じり合い独自の形を作ったものと理解して良いだろう。というのも、日常的に唱えられている経典は、阿弥陀経であり、各地の寺院には「南無阿弥陀仏」という文字を見かけるからである(桜井・大西、1995年)。これ以外には「法華経」や「般若心経」などがある。ベトナムの仏教経典は、アルファベットで記されたものと同時に、日本と同様、漢字表記されたものがあり、僧侶は、アルファベット表記された(クォック・グー=国語)以外に、漢字の読み書きができる。寺院を訪問し、質問する際、漢字を書いて示すと、僧侶が漢字で答えてくれることもある。しかも、ベトナム語自体が、もともと中国語を基礎したものであるから、音が日本語と似ている。例えば、「阿弥陀仏」はベトナム語では、「アジダファット」であり、得度した際、僧尼につく「釈」はベトナム語――アルファベット表記では――「Thich」と記すが、読みは「ティック」となる。このように日本語読みに近いものもたくさんあり、寺院名も漢字表記が可能である。ホーチミン市最大の寺院は、永巌寺というが、ベトナム語では「チュア・ヴィンギェム」(Chua Vinh Nghiem)となる。つまり、「寺・永巌」とアルファベット表記される。
ベトナム仏教の中心を占めるものは、大乗仏教であるが、日本と決定的に異なることは、独自の宗派形成がなされていないことである。浄土真宗や浄土宗、真言宗といった宗派(セクト)の区別がない。
大乗仏教以外には上座(小乗)仏教も存在するし、大乗仏教と上座仏教を混合した托鉢教団も存在する。また、仏教系の新宗教教団もある。その内の一つがホアハオ教とよばれるもので、こちらはまだ仏教の色彩が強いが、カオダイ教は、あらゆる宗教を混合した教団である。これら以外には、
フランス植民地時代を経験したことからキリスト教、中でもカトリック教会がある。
また、ベトナム仏教は、道教との関係も深い。寺と言われて見学に行ったら仏教寺院ではなく、道教寺院であったということもある。僧侶は、道教が混じることについて批判的で、仏教の純粋性を重んじようとしているが、現世利益を追求する道教が仏教と混交していることが多い。庶民は、両者の違いをさほど意識してはいないようである。
ベトナムで寺院に行き、僧侶に直接話を伺うと、日本と決定的に異なる点があることに気づく。それは、妻帯を許されていないということである。肉食妻帯は許されていないと言うべきなのだろうが、肉食の方は、僧侶が肉を食べている姿を私自身が目撃したこともあり、ベトナム仏教について記された本の中にでも、「食に絡む禁忌は緩い」とも記されている(松尾、2005年)。しかし、妻帯はしない。それでいながら、僧侶になることを希望する若い人たちが多い。日本で言えば、中学生になった頃に、僧侶になることに憧れ寺院を通じて得度し、僧侶になるための勉強を始める人が多い。僧侶になるためには、「最初の6カ月で適性を調べ、その後二年間、仏教を学び、受戒僧となるが、場合によりこれより短いこともある。僧侶養成の教育機関(学校)は、22の区・県の内、8つの寺で養成する。ここで、初級(5科目)を学ぶ。2カ所では中級教育を、さらに2カ所では上級教育を行う。上級教育を行う学校の1つはホーチミンにあり4年間のコースである」(向井・2003年)ことが調査によってわかったことである。このように、僧侶になるための教育期間は長く、あわせて、通常の小・中・高校にも行く必要がある。
ベトナムの寺院は南部の寺院と北部の寺院では、大きな違いがある。北部の寺院は、古くから残った様式のまま存在していることが多い。しかし、南部の寺院は、ベトナム戦争の結果、荒廃し、破壊されたために、再建されたものが多く、コンクリート造りの巨大な建築物と言った方が良い。比較的古い南部の寺院としてミトーにある永長寺(ヴィンチャン寺・Chua Vinh Trang)は、一見するとキリスト教会のようにも見える寺院である。このように南部の寺院は、その土地の気候と同様、開放的で巨大な――別言すれば、極めて大雑把な――建築である(仲、2007年)。
さらに、仏像も古い寺院に安置されているものを別として、金箔がはられたものが多いことも特徴の一つであろう。日頃から古代以来の仏像を見ることに慣れている我々日本人からすれば、金箔をはり巡らした仏像は、けばけばしくて、派手だと思いがちであるが、奈良東大寺の大仏は、本来、金箔をはったものであったことを思い起こせば、仏像の本来の姿はこのような姿だったのだと理解できるであろう。
種智院大学 准教授 向井 啓二 より