Buddhachannel

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日本人の科学教信仰

Le 2015年6月12日

アメリカ人の半分近く、45%が、人間は1万年前、神によって現在の姿に作られたと信じているという。かれらは現在の人間がサルから進化したという科学的常識を否定するのである。(2004年11月ギャラップ調査)  メキシコでは、同じような調査は知らないが、おそらく45%という比率はグンと上がって、70%位には行くのではなかろうか?  かれらは90%までがカトリック信者で、キリスト教徒として洗礼を受け、日曜ごと教会へ行って神父の説教を聞き、伝統的な宗教習慣にのっとって生活している。成長して高等教育を受けるようになると、だんだん科学的に物事を見るようになり教会へも行かなくなるが、それは全体からすれば少数派だ。  さてそれでは日本人はどうかと言うと、9割近く自然科学的な進化論を信じているのではないかと思う。今、お寺の檀徒になっている人は人口の8割くらいだろうか。七五三とか元旦には、これまた80%以上の人たちがお宮参りをするそうだ。  仏教と神道(しんとう)をごちゃ混ぜにした信者が多そうだが、 次の

ユーモア

Zem — Quand ?

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今週の記録

愛と思いやりに満ちた人生とスピリチュアリティの実践

わたしたちの人生におけるすべての苦悩の源はマインドにあります。わたしたちの人生に対する基本的な姿勢や思いこみが、世界において何を経験し、いかに交流するかということを方向づけ (...)


日本人は、昔から "思いやり"を大切にしてきました

人の心の温かさを感じられない、殺伐としたニュースが、毎日のように報道されています。


お茶と宗教(仏教、道教など)

中国茶の歴史でも書いてあった「茶興於唐、盛於宋」という説があり、唐の封演の『封氏聞見記』巻六によると:「開元中、泰山霊岩寺大興禅教。學禅務於不寐、又不夕食、唯許飲茶。人自懷 (...)


写真は、デー

par Buddhachannel Fr.


Evénements

「京の七夕」オール京都で開催 光るボールで天の川作る

京都府や京都市、京都仏教会などが8月6〜15日に京都市内の堀川と鴨川周辺で初めて開く新イベント「京の七夕」の実行委員会が29日、上京区内であった。参加者が堀川に光るボールを放流し「天の川」を創出するイベントなど詳細計画を決めた。  「京の七夕」は、春の「花灯路」と同様、「オール京都」体制で集客を目指す取り組み。堀川会場(一条戻橋-押小路橋)では、参加者がLED(発光ダイオード)を埋め込んだ光るボールを堀川に放流し「光の天の川」を演出するほか、放置竹林の竹と照明を組み合わせた全長80メートル巨大アーチなどのアート作品も展示する。  また、鴨川会場(御池大橋-四条大橋)では、伝統産業品とLEDを組み合わせた作品展示や友禅流しの実演などを行う。会場周辺の商店街などでも多彩な共催イベントを実施する。  全国から「願い」を集める「絵はがき短冊」も、26日時点で約1万6千枚販売され、夏の新しいイベントとし 次の


ヂィレクトリ

安泰寺

歴史 1924年、丘宗潭によって曹洞宗宗学研究の学堂として、京都洛北の玄琢に開創された。以来、第二次世界大戦まで、同宗近代の伝統宗学はこの学堂によって継承発展した。 第二次世界大戦中には荒廃の一時期もあったが、1949年、沢木興道と内山興正の師弟が入寺し道元禅師の只管打坐を綿密純粋に行持する「紫竹林参禅道場」として再興した。坐禅と托鉢行に徹した簡素な修行道場はいつしか世に知られるところとなり、参禅の士は国内ばかりでなく世界各地から集うようになった。 修行者の増加に加えて周囲の宅地化による騒音は坐禅道場としての条件を満たすことができなくなり、また、山の静けさと中国禅の理想でもあった自給自足の生活を求めるため、1977年に渡部耕法が現在の場所に移転した。周囲を山々に囲まれ、境内地は50haある。 所在地 兵庫県美方郡新温泉町久斗山62 宗派 曹洞宗 創建年 大正10年(1924年) 次の

最後の著者


Articles et Conférences

苦しみは聖なる真理

ナーラーギリ(Nâlâgiri)という巨大なゾウがいました。ある日、お釈迦さまの義理の兄弟のダイバダッダは、お釈迦さまを殺そうと、ナーラーギリに大量の酒を飲ませ、身体を殴り、痛めつけ、激怒させ、頭を狂わせて、お釈迦さまが歩いている道にナーラーギリを放しました。ナーラーギリはもともと戦争訓練をしているゾウでしたから、大変凶暴で、町を暴れまわり、あらゆるものを壊し始めたのです。アーナンダ尊者はお釈迦さまを守ろうと、お釈迦さまの前に出ましたが、お釈迦さまは「みんな逃げていますから君も後ろに下がってください」と言い、アーナンダ尊者を後ろに下がらせました。  町の人たちはいっせいに逃げましたが、子供を抱いた母親がひとり逃げ遅れてしまいました。母親はお釈迦さまを見ると、子供を守ってほしいとお釈迦さまのそばに子供を置き、自分は別の方向へと走って行きました。それを見たゾウは、母親のあとを追いかけて足で潰そうとしたところ、お釈迦さまはナーラーギリに向かってこう言いました。  「ナーラーギリ、そっちじゃないでしょ。こちらにおいで」  お釈迦さまの「こちらにおいで」の一言で、荒れ狂っていたゾウの心は落ち着いて、正常に戻ったのです。お釈迦さまはゾウの頭をなぜながら「お前は何やっているんで 次の

Billet du jour

中道 中庸


によって ジン


Textes fondamentaux

上善若水(老子)

『老子』の第八にあります。 上善(じょうぜん)は水の若(ごと)し 水は善(よ)く万物を利(り)して而(しか)も争(あらそ)わず 衆人(しゅうじん)の悪(にく)む所に処(お)る 故(ゆえ)に道に幾(ちか)し 「上善」とは最上の善、ここでは最上の善をそなえた人、即ち道に達した人。「衆人の悪む所」とは多くの人が皆な嫌がる所、即ち水が落ち込む場所。「道」とは老子の教えの中で云う、万物の本源的なもの、即ち万物の真実です。禅で云えば究極の悟りです。 道に達した人は水のようなものです。水は巧みに、すべてのものに恵みを施し、しかもすべてのものと争わず、多くの人々が嫌う場所に好んで就こうとします。まさに水こそ「道」の本源であると云うわけです。「上善は水の若し」とよく政治家が揮毫(きごう)しますが、恐らく政治は弱き者(衆人の悪む所)の味方だと云うのでしょうか。 また、水は四角の器に入れば四角に、丸い器に入れば丸に、自由自在に柔軟性を発揮してそのものに成りきります。しかも、四角から丸に移したからと云って、四角の角は残しません。優れた禅者も何時、 何処(どこ)、何事においても、その場その場の境に成りきって、跡を引きません。怒る時は徹底怒る、悲しむ時は徹底悲しむ、仕事の時は徹 次の


仏教

密教と空海

仏教は、インドにおいて紀元前5世紀頃、釈迦(しゃか)の思想や教えを中心として始まり発展したが、4世紀から6世紀にかけて、インド固有の民族宗教ともいうべきヒンズー教と接触・融合し、新しい信仰形態−−密教が成立した(初期密教)。我が国においては奈良時代に受容され、雑密(雑部(ざつぶ)密教)と純密(じゅんみつ)(純粋仏教)に分類する。  雑密は、その名称が示すように雑然とした未整備の密教ということである。諸尊の陀羅尼(だらに)を唱える《注1》ことを中心とする呪術的色彩の強いもので、現世利益(げんぜりやく)を目的とし、組織的体系的教義が存在しない。  続いて、インドにおいて7世紀頃に成立した『大日経(だいにちきょう)』『金剛頂(こんごうちょう)経』に基づく体系的で整備された密教(中期密教)が中国・唐を通じて、9世紀に最澄(さいちょう)(伝教大師・767〜822)と空海(くうかい)(弘法大師・774〜835)によって我が国へもたらされた。これが純密と称される。平安時代は、古代律令国家体制のゆるみに対し、鎮護(ちんご)国家に効験(こうげん)があるとされた密教の呪法に期待が高まったこともあって、急速に日本の風土のなかに展開していった。  純密は、総合的に体系化された世界観と高度な儀式化を進めたもので、身・口・意(し 次の

最後の記事

大乗仏教の展開

インドでは、西暦紀元前後ごろから大乗経典が世に現れ、二~三世紀に活躍した龍樹以降、大乗の教義に関する論書が本格的に著された。しかし、すべての仏教徒が、一気に大乗仏教に傾倒し、ブッダになることを目指すようになったわけではない。依然として、多くの人々が伝統的な部派仏教の教説に従い、生天を望み、阿羅漢になることを目指していたのである。彼ら部派仏教徒は伝統的な仏典(阿含、ニカーヤ)のみに従っていた。一方、大乗仏教徒は、それに加えて大乗経典にも依拠したのである。  いったん、世に出た大乗経典の中には、当初存在しなかった概念やエピソードが加えられて変容するものもあった。また、新たな経典が続々と登場し、三世紀以降には、如来蔵思想を説く『如来蔵経』『勝鬘経』『涅槃経』などが現れた。如来蔵思想とは、すべての衆生が本来的には如来となる可能性、または如来そのものを宿しているという考え方である。私たち衆生は煩悩に覆われている。しかし、それは一時的に付着したものに過ぎず、本来的には私たち衆生の心は清らかであって、如来と変わらない本質をもっているという主張である。  四世紀頃には、『解深密経』など理路整然と唯識思想を説く経典が現れた。唯識とは、認識の直接の対象は識(心)の中にあるのであって、外にあるのではないという考え方である。なお、究極的には識の存在も否定されるので、心を実在視する単なる唯心論とは 次の