Buddhachannel

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論説

日本人の科学教信仰

Le 2015年2月20日

アメリカ人の半分近く、45%が、人間は1万年前、神によって現在の姿に作られたと信じているという。かれらは現在の人間がサルから進化したという科学的常識を否定するのである。(2004年11月ギャラップ調査)  メキシコでは、同じような調査は知らないが、おそらく45%という比率はグンと上がって、70%位には行くのではなかろうか?  かれらは90%までがカトリック信者で、キリスト教徒として洗礼を受け、日曜ごと教会へ行って神父の説教を聞き、伝統的な宗教習慣にのっとって生活している。成長して高等教育を受けるようになると、だんだん科学的に物事を見るようになり教会へも行かなくなるが、それは全体からすれば少数派だ。  さてそれでは日本人はどうかと言うと、9割近く自然科学的な進化論を信じているのではないかと思う。今、お寺の檀徒になっている人は人口の8割くらいだろうか。七五三とか元旦には、これまた80%以上の人たちがお宮参りをするそうだ。  仏教と神道(しんとう)をごちゃ混ぜにした信者が多そうだが、 次の

ユーモア

Zem — Penser faire

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今週の記録

愛と思いやりに満ちた人生とスピリチュアリティの実践

わたしたちの人生におけるすべての苦悩の源はマインドにあります。わたしたちの人生に対する基本的な姿勢や思いこみが、世界において何を経験し、いかに交流するかということを方向づけ (...)


日本人は、昔から "思いやり"を大切にしてきました

人の心の温かさを感じられない、殺伐としたニュースが、毎日のように報道されています。


お茶と宗教(仏教、道教など)

中国茶の歴史でも書いてあった「茶興於唐、盛於宋」という説があり、唐の封演の『封氏聞見記』巻六によると:「開元中、泰山霊岩寺大興禅教。學禅務於不寐、又不夕食、唯許飲茶。人自懷 (...)


写真は、デー


Evénements

「京の七夕」オール京都で開催 光るボールで天の川作る

京都府や京都市、京都仏教会などが8月6〜15日に京都市内の堀川と鴨川周辺で初めて開く新イベント「京の七夕」の実行委員会が29日、上京区内であった。参加者が堀川に光るボールを放流し「天の川」を創出するイベントなど詳細計画を決めた。  「京の七夕」は、春の「花灯路」と同様、「オール京都」体制で集客を目指す取り組み。堀川会場(一条戻橋-押小路橋)では、参加者がLED(発光ダイオード)を埋め込んだ光るボールを堀川に放流し「光の天の川」を演出するほか、放置竹林の竹と照明を組み合わせた全長80メートル巨大アーチなどのアート作品も展示する。  また、鴨川会場(御池大橋-四条大橋)では、伝統産業品とLEDを組み合わせた作品展示や友禅流しの実演などを行う。会場周辺の商店街などでも多彩な共催イベントを実施する。  全国から「願い」を集める「絵はがき短冊」も、26日時点で約1万6千枚販売され、夏の新しいイベントとし 次の


ヂィレクトリ

タイ北部様式の珍しい仏教寺院

タイの仏教寺院はスリランカ様式の流れを汲んでいますが、長い歴史の中で、タイのそれぞれの地域特性を加味しながら、次第にタイ特有の様式を生み出して行きます。 昨日はタイ北部のシャン族の寺院を御紹介しましたが、本日は、観光地としても有名な金綺羅金の王室仏教寺院ではなく、タイ北部様式の特徴が強く残るタイ式仏教寺院について触れて見たいと思います。 タイ様式の仏教寺院には、布薩堂(本堂)、礼拝堂、鐘楼、仏塔、尖塔、書庫、僧侶の住居などの様々な形態がありますが、今日は、その中から、最も格式が高く、僧侶が儀式や宗務を執り行う 『 布薩堂 』(ウボソッツ อุโบสถ )、そして、庶民の誰もが自由に祈りを捧げることのできる 『 礼拝堂 』(ウイハーン วิหาร )を採り上げます。 先ずは、タイ北部のパヤオ県から古代都市公園(ムワン・ボラーン)に移築・修復されたワット・チェンコンの礼拝堂(ウイハーン 下写真)を御覧下さい。 タイ北部の仏教 次の

最後の著者

ジン

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Articles et Conférences

「地獄絵」と「コンクリート仏像」-大須でトーク&スライドショー

名古屋在住のフリーライターでコンクリート仏師・浅野祥雲の研究を続けている大竹敏之さんが6月26日、大須のカフェ「モノコト」(名古屋市中区大須2、TEL 052-204-0206)で、地獄絵図研究家の鷹巣純さんを招いてトーク&スライドショーを開催する。タイトルは「仏教美術アウトサイド 地獄絵 vs コンクリート仏像」。  愛知教育大学の美術教育講座美術史担当の准教授の鷹巣さんは、日本でも数人しかいないという「地獄絵研究家」。大竹さんの友人が鷹巣さんの教え子であるという縁から、昨年朝日新聞で連載していた大竹さんのコラム「幻の人形師浅野祥雲伝」を読んでいるいう話を聞いた大竹さんが鷹巣さんにコンタクトした。  浅野さんが作成した宗教テーマパークの五色園(日進市)に設置されている鉄筋コンクリート製の像の修復活動を行っている大竹さんが4月、鷹巣さんを修復イベントに招待。興味を持った鷹巣さんが教え子を連れて参加したことから関係が生まれイベント実現に至ったという。大竹さんは「鷹巣先生の地獄絵という研究テーマのニッチさと、わたし自身の取材テーマであるコンクリート仏像に相通じるものを感じ、一緒に何かやりましょうとお声がけした」と振り返る。  当日について、大竹さんは「地獄絵とコンクリート仏、ともに見て楽しめるよう画 次の

Billet du jour

中道 中庸


によって ジン


Textes fondamentaux

懺悔文

我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋癡 従身口意之所生 一切我今皆懺悔 只今、「懺悔文」をお唱えしました。毎日の生活を円満に過ごすためには、どうしても犯してしまう悪業があります。「嘘」はその一つではないでしょうか。あげればきりがありませんが、自分が気づかないうちに多くの罪を犯しているのです。それに気づいて反省することは、そう簡単なことではありません。しかし、その罪に気づいたら仏さまの前に懺悔するほかありません。ですから、先ず自分自身に対して「懺悔文」を最初に唱えさせていただきました。 自分自身を冷静に見つめ、気づいたことに反省と謙虚さがあるのではないでしょうか。同じことを二度と繰り返さないように誓う“こころ”が生まれます。私たちには、誰でも過失があります。思い違いもあります。しかし、それらをそのままにしておかないで改めるために「懺悔文」があります。 「懺悔文」では、諸々の悪業は全て貪瞋癡に由る。身口意より生ずる。といっています。たとえば、「嘘」を例にあげると、嘘という言葉に決して良い印象はありませんが、慶応大学の檜谷明彦教授は、日本人のつく「嘘」を三つに分けて説明しています。 一、自分が属している集団への忠誠心から出る嘘。 二、自分一人の利益を得 次の


仏教

七五三

今のように医療の発達していなかった昔は、子供が育ちにくかったので、お七夜を始めとして、節目ごとにそこまで無事育ったことを祝う各種の儀式がありました。その中で、次のようなモノがまとまって七五三となりました。 ●髪置きかみおき=男女ともに3歳。この日を境に髪を伸ばし、おかっぱを結髪に改めるお祝い。 ●袴着 はかまぎ= 男5歳。初めて袴を着るお祝い。冠をつけて碁盤の上に立つ。 ●帯解きおびとき=女7歳。着物に縫い付けている紐を取り、帯に替えるお祝い。   以上は江戸時代あたりの標準的な例で、時代や地域により、性別、年齢、呼名は色々あります。いずれにしても3歳、5歳、7歳あたりを節目としてお参りし、無事成長したことの感謝と、これからの成長を祈る行事です。  7歳前後は、今も昔も大きな節目 昔の法律(大宝令)では、6歳になると土地が支給される事になっていましたし、6歳までは亡くなっても大人のような葬儀では無く、ごく簡略化したものであったようです。また現在の学校制度も6歳からですし、医学的に見ても、このあたりで脳の8割方が完成するそうです。 次の

最後の記事

龍門洞窟

北魏の孝文帝が山西省の大同から洛陽に遷都した494年(太和18年)に始まる。仏教彫刻史上、雲崗期の後を受けた、龍門期(494年 - 520年)と呼ばれる時期の始まりである。 龍門石窟の特徴は、その硬さ、すなわち雲崗の粗い砂岩質と比較して、緻密な橄欖岩質であることである。そのため、北魏期においては、雲崗のような巨大な石窟を開削することが技術的にできなかった。『魏書』釈老志にも、500年(景明2年)に宣武帝が孝文帝のために造営した石窟は、規模が大きすぎて日の目を見ず、計画縮小を余儀なくされた顛末を記している。 様式上の特徴は、面長でなで肩、首が長い造形であり、全体的に華奢な印象を与える点にある。また、中国固有の造形も目立つようになり、西方風の意匠は希薄となる。裳掛座が発達して、装飾も繊細で絵画的な表現がされるようになる。 最初期は5世紀末の「古陽洞」窟内に見られる私的な仏龕の造営に始まる。宣武帝の計画を受けて開削された「賓陽洞」3窟のうち、実際に北魏に完成したのは賓陽中洞のみであり、南と北洞の完成は唐の初期であった。その他、北魏時期の代表的な石窟としては、「蓮華洞」が見られる。また、北魏滅亡後も石窟の造営は細々とながらも継続され、「薬方洞」は北斉から隋にかけての時期に造営された石窟である。 唐代に 次の