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記事

論説

日本人の科学教信仰

Le 2014年7月18日,   Buddhachannel Japan

アメリカ人の半分近く、45%が、人間は1万年前、神によって現在の姿に作られたと信じているという。かれらは現在の人間がサルから進化したという科学的常識を否定するのである。(2004年11月ギャラップ調査)  メキシコでは、同じような調査は知らないが、おそらく45%という比率はグンと上がって、70%位には行くのではなかろうか?  かれらは90%までがカトリック信者で、キリスト教徒として洗礼を受け、日曜ごと教会へ行って神父の説教を聞き、伝統的な宗教習慣にのっとって生活している。成長して高等教育を受けるようになると、だんだん科学的に物事を見るようになり教会へも行かなくなるが、それは全体からすれば少数派だ。  さてそれでは日本人はどうかと言うと、9割近く自然科学的な進化論を信じているのではないかと思う。今、お寺の檀徒になっている人は人口の8割くらいだろうか。七五三とか元旦には、これまた80%以上の人たちがお宮参りをするそうだ。  仏教と神道(しんとう)をごちゃ混ぜにした信者が多そ 次の

ユーモア

Zem — L’ego ne peut exister que quand il lutte.

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今週の記録

お茶と宗教(仏教、道教など)

中国茶の歴史でも書いてあった「茶興於唐、盛於宋」という説があり、唐の封演の『封氏聞見記』巻六によると:「開元中、泰山霊岩寺大興禅教。學禅務於不寐、又不夕食、唯許飲茶。人自懷 (...)


日本人は、昔から "思いやり"を大切にしてきました

人の心の温かさを感じられない、殺伐としたニュースが、毎日のように報道されています。


愛と思いやりに満ちた人生とスピリチュアリティの実践

わたしたちの人生におけるすべての苦悩の源はマインドにあります。わたしたちの人生に対する基本的な姿勢や思いこみが、世界において何を経験し、いかに交流するかということを方向づけ (...)


写真は、デー

par Buddhachannel Japan


Evénements

「京の七夕」オール京都で開催 光るボールで天の川作る

京都府や京都市、京都仏教会などが8月6〜15日に京都市内の堀川と鴨川周辺で初めて開く新イベント「京の七夕」の実行委員会が29日、上京区内であった。参加者が堀川に光るボールを放流し「天の川」を創出するイベントなど詳細計画を決めた。  「京の七夕」は、春の「花灯路」と同様、「オール京都」体制で集客を目指す取り組み。堀川会場(一条戻橋-押小路橋)では、参加者がLED(発光ダイオード)を埋め込んだ光るボールを堀川に放流し「光の天の川」を演出するほか、放置竹林の竹と照明を組み合わせた全長80メートル巨大アーチなどのアート作品も展示する。  また、鴨川会場(御池大橋-四条大橋)では、伝統産業品とLEDを組み合わせた作品展示や友禅流しの実演などを行う。会場周辺の商店街などでも多彩な共催イベントを実施する。  全国から「願い」を集める「絵はがき短冊」も、26日時点で約1万6千枚販売され、夏の新しいイベン 次の


ヂィレクトリ

勝尾寺

伝承によれば、勝尾寺の草創経緯は次のとおりである。神亀4年(727年)、 藤原致房の子の善仲、善算の兄弟はこの地に草庵を築き、仏道修行に励んでいた。それから約40年後の天平神護元年(765年)、光仁天皇の皇子(桓武天皇の異母兄)である開成が2人に師事して仏門に入った。宝亀8年(777年)、開成は念願であった大般若経600巻の書写を終え、勝尾寺の前身である弥勒寺を創建した。そして、数年後の宝亀11年(780年)、妙観が本尊の十一面千手観世音菩薩立像を制作したと伝えられる。 開成の僧としての事績については正史に記載がなく不明な点も多いが、北摂地域の山間部には当寺以外にも高槻市の神峯山寺(かぶさんじ)など、開成の開基または中興とされる寺院が点在している。 勝尾寺は平安時代以降、山岳信仰の拠点として栄え、天皇など貴人の参詣も 次の

最後の著者

ジン

 次の


Articles et Conférences

一土一仏

仏教では、よく三千大千世界という言葉が使われています。三千大千世界とは、どのような世界であるかといえば、平川彰氏はその著「インド仏教史―上巻」(二三〇頁)に、次のように説明しています。  この四大州と日月、須弥山、六欲天、梵天とを合したものを、一つの世界となす。かかる世界が無数にある。それらの世界が千集まったものを小千世界という。そしてこの小千世界が千集まて中千世界となる。この中千世界が千集まって、三千大千世界となるのである。  ここにいう最初の単位の「一つの世界」を通常「器世界」というのですが、三千大千世界には、太陽も十億、月も十億、娑婆も十億、須弥山も十億あるというわけです。  更に、平川氏は右の文章に続いて、仏と三千大千世界との関係について、次のように述べています。  この三千大千世界が一人の仏陀の教化しうる範囲であるとなす。従ってこの範囲の中に二人の仏陀が同時に現れることはないという。一世界一仏であるが、しかしその仏陀の寿命には限りがあり、説きのこした正法の行われる期間にも限りがある。そのため釈迦仏の前に過去仏が何人かこの世に現れ、さらに未来には弥勒仏が現れると考えたのである。  なお三千大千世界は一つだけではない。他の三千大千世界がいくつかありうる。従ってそこには別の仏陀が出世していることが考えられる。有部はそのような仏陀の同時出世を否定する 次の

Billet du jour

中道 中庸


  ジン


Textes fondamentaux

衆生の毒とは何か?

禅師がいわれるには、或る和尚が、私にいわれるには『そなたも毎日毎日、また同じことばかりを示さなくても、間には少しでも、因縁や古事を物語りして、人の心も爽やかに入れ替わるように説法をされたらどうか』といわれました。私はこのように、鈍才ではあるが、人のためになることなら、鈍才でも、古事の1つや2つは覚えようとすれば、覚えられないということもないと思いますが、そのようなことを示すのは、衆生に毒を食わせるようなものでござる。毒を食わせることは、まずしないものです。 総じて、私は、仏や祖師の言葉を引いて、人に示したりはしません。ただ、人々の身の上の批判で済むことですから、済むのならばまた、仏祖の言葉を引きようもないといえましょう。私は仏法もいわず、また禅の教えもいわず、説きようもございません。皆、人々、今日の身の上の批判で相済んで、埒のあくことであれば、仏法も禅の教えも説きようはないわけです。 http://blog.goo.ne.jp から !--// ![CDATA[ var m3_u = (location.protocol=='https:'?'https://www.buddhachannel.tv/openads/www/delivery/ajs.php':'http://www.buddhachannel.tv/openads/www/delivery/ajs.php'); var m3_r = (...) 次の


仏教

中国仏教史 (一)

 中国では古来、さまざまな宗教、あるいは、それに準ずる思想が、信奉されてきました。インドから取り入れられてきた仏教も、その一つです。今回は、仏教の歴史を、非常に大雑把にではありますが、たどってみたいと思います。 仏教の伝来  中国と中央アジア、インド、さらにはイラン、ローマを繋ぐ交易路・絹の道は、紀元前2世紀ごろから開けていた。この絹の道が、中国への仏教伝来ルートの一つとされる。仏教は、主にこのルートを通じて中国に伝来した。  絹の道を通じて、古くから仏教が栄えていた西域やインドの商人が、中国を訪れた。特に、紀元1世紀に北インドから中央アジアにかけて建国されたクシャーナ朝の時代には、広範囲にわたって活発な貿易活動が展開され、中国との交渉も盛んであった。商人たちの中は、当然仏教徒もいる。彼らとの接触の中で、中国人の間にも少しずつ仏教が伝わっていった。紀元1世紀には、仏教が中国に伝わっていたであろうと考えられる。  また、西域方面から、仏教信者たちが渡来してくることもあった。こうした渡来者たちが、中国仏教のごく初期の段階における信者の中心となったと考えられる。  この絹の道は、その後も、西方からの仏教情報の伝達ルートであり続けた。  ただ、西域は、単なるインド-中国間の中継地・経由地ではなかった。一度西域に入った仏教は、この西域の各地で特色ある仏教へと変化 次の

最後の記事

念仏について

 「念仏」とは、梵語の漢訳語で、仏を憶念・思念するの意である。原始仏教では仏陀(釈迦)に対する追憶・帰依・礼拝などの行法の一つと考えられる。仏教徒の実践行である三念(念仏・念法・念僧)もしくは六念(三念に念戒・念施・念天を加える)の行の一つであった。のちにこの意味がだんだんにずれてゆき、仏の理体(法身)を心に念じることになり、さらに仏の姿(色身)を心に観ずる「観念の念仏」になった。  観念の念仏は仏の全身や一部を具体的に頭の中に描くことで観想の念仏といわれるが、これがさらに浄土教などの発達により仏の名を唱える「口称念仏」が重視され、念仏というとこの口称念仏を意味するようになった。「南無阿弥陀仏」は、この浄土教の阿弥陀に対する口称念仏であるが、日本では念仏というと、この「南無阿弥陀仏」、さらになまって「ナンマイダー」の語をさすことにまでなった。  このように念仏とは禅定で精神を統一する行の一つで、これにより滅罪や悟りを得るものである。念仏がことに強調されるのは中国浄土教になってからである。浄土教では『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀教』の浄土三部教が根本となる。『観無量寿経』にはさまざまな観仏の方法が説かれている。中国浄土教の始祖慧遠にあってはまだこの観想念仏が強いが,北魏末に 次の