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Articles et conférences

Dernier ajout : 19 juillet 2016.

インド仏教の滅亡と再興

原始仏教から部派仏教、そして大乗仏教へと形を変えていったインド仏教は、次第に土着的な要素を取り込んでゆき、密教と呼ばれる新たな形態を生み出した。しかし、密教化する過程で、次第にヒンドゥー教との区別が曖昧になっていった。また、この頃は、出家修行者が特定の大寺院に集中する傾向も見られ、その結果、ともすれば出家修行者と民衆の信仰が乖離しがちであったとも考えられる。

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自分の中に仏国土を築くことから、なぜ自分のまちに仏国土を築くという考えが出てこないといけないのか?

ベトナム出身の仏教者でティク・ナット・ハンという方がおられるそうです。その方は 欧米で大変信望を集めておられるとのことですが 「この一枚の紙の中に、雲が浮かんでいるのを見えますか?」とおっしゃっているそうです。 雲がなければ雨はなく、雨がなければ木は育ちません。そして木がなければ私たちは紙を作ることができません。紙が存在するためには雲はなくてはならないものなのです。思いを静めると全体が見える、その全体を見渡して生きよ・・・ということなのでしょうか?私もなるほどうまい事をおっしゃるものだと感心しました。

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心の法則

人が、儀式や儀礼、うんちくが好きだというお話をしていました。結婚することひとつとっても、神の前、人の前で大変な約束をして夫婦になる。それはお互いが信用できないせいかも知れないとお話しました。逆に結婚式もせず、みんなの反対を押し切って、勘当されても駆け落ちして一緒になったような場合には長続きする場合が多いのだとお話しました。2人で元気いっぱいに生きていってしまうんですね。統計的に見てもそうですね。合理的な話をするなら、2人が互いに気に入って、一緒に生きたいと思うのなら、まわりにかまわず2人で勝手にがんばればいいのです。そうすればまたがんばる気持ちも出てきます。しかし現実は、2人の気持ちより儀礼やしきたりに包まれて、まわりのパワーの方が大きい。両家から大きな祝福をもらって、大きな結婚式をやってしまうと、あっけなく壊れてしまったりする。2人が努力しないんですね。

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お受験で知識をはかれるか

 試験をする側は、あくまでも固定した尺度を持っています。それは変えられない。受ける側がそれに合わせて受験するのだというお話を、前回はしましたね。

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愛と思いやりに満ちた人生とスピリチュアリティの実践

わたしたちの人生におけるすべての苦悩の源はマインドにあります。わたしたちの人生に対する基本的な姿勢や思いこみが、世界において何を経験し、いかに交流するかということを方向づけるのです。

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高楠順次郎博士の『佛教の眞髄』から、業と輪廻について学ぶ

日本における梵文学及びインド哲学研究の開拓者であり、『大正新修大蔵経』の編纂者であり、仏教の思想と精神の普及に生涯を捧げられた高楠順次郎博士が、昭和十五年二月に第一書房から戦時体制版として刊行した『佛教の眞髄』から、業と輪廻について学んでみようと思う。

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祖師禅の意味と流れ

祖師禅とは、悟りを完成した全ての祖師たちが、本来、成り立っている悟りの世界を、正しく眼の前に引き出して見せた法門である

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中国禅宗の画期性

中国仏教の歴史をみるとき、いくつかの留意すべき点がある。中国の仏教がインドの仏教を追いかけ、一定のタイムラグをもってインドの仏教の流れに追随してきたのではない、ことはすでに何度も述べた。インドにおける大乗仏教の興起、中観、唯識、禅、密教などの新しい動きは、その都度中国の仏教の展開に大きなインパクトを及ぼしてきた。

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『シッダールタ』再考

「シッダールタ」は、本来ブッダ(仏陀)の名前であるが、西洋の、しかもクリスチャンの作家、ヘルマン・ヘッセによって書かれた作品である。ヘッセは彼の親や祖父母がキリスト教の宣教師として長くインドに滞在していたことはあるが、彼自身は意外にもインドで暮らしたことがない。

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因縁の話

因縁を正しく理解することで、この束縛から自由になる方法を探してみたいと思います。

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