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ブッシュ・ド・ノエル 美食と伝統

月曜日 2012年12月10日

Langues :

クリスマスの時期、人々の熱気で活気づくアルザス地方では、さまざまな言い伝えや伝統や神話、そして香りと味わいに満ちた素敵な世界が繰り広げられます。ここの人であろうとなかろうと、ヴォージュ山脈を越えるとすぐにその親しみやすい雰囲気を感じることでしょう。

街や村がおびただしい数の光に包まれ、最も美しい装飾が施されてまばゆいばかりの光を放ちます。アルザス地方全体がお祭りの、穏やかで歓喜に満ちた雰囲気に包まれます。11月25日(聖カトリーヌの日)のクリスマス期間の始まりから、クリスマス前の4週間(待降節の期間)、そしてクリスマスの終わりまで、この活気は徐々に高揚していき、1月6日の公現祭の日に静かにその幕を閉じます。

アルザスでは、クリスマスを迎えるにあたっての数々の習慣が、真実味を帯びた本物の雰囲気を作り出しており、ここでの慣わしの多くがフランス全土にも伝えられています。アルザス地方のクリスマスの伝統は何世紀ものあいだ受け継がれてきたもので、クリスマスの準備に今なお独特の雰囲気をもたらしています。



ブッシュ・ド・ノエルの歴史

昔、クリスマスの前の晩には、家族全員が暖炉の前に集まったものでした。暖炉の中で巨大な薪が燃えているあいだ、子供たちはクリスマスソングを歌い、おじいちゃんおばあちゃんの語るお話に耳を傾けていたものでした。

薪は、一晩中燃え続けられるよう、とても固い木の中から選ばれていました。木の葉とリボンで飾りつけられた薪は、家族の長によって油やオードヴィで、時には聖水に浸した小枝を使って祝福を与えられたあと、最年少者と最年長者によって火がつけられました。この薪の灰はその後保存され、翌年一年間、稲妻や悪魔から家を守るという役目をあたえられていたのです。

12世紀にさかのぼるこの習慣はヨーロッパのほとんどの国とケベックで実践されていました。イタリアでは薪を「チェッポ」と呼び、イギリスでは「ユールログ」と呼ばれていました。この習慣は 19世紀の終わりに大きな暖炉とともに姿を消しました。暖炉は徐々に鋳物のストーブに取って代わられるようになりました。そして、小さな薪も大きな薪に取って代わられました。時としてろうそくや木の葉で飾られた薪を、クリスマスのテーブルの真ん中に装飾として置くようになったのでした。

今日では、クリスマスの薪はケーキで象徴されるようになりました。ビュッシュドノエルのケーキは、その昔、クリスマスの前の晩に暖炉で燃えていたものに似せて作られています。つまり、チョコレートとコーヒークリームが塗られて木の色をしており、バタークリームを巻いたロールケーキを切ると、木の切り口のようになっているのです。霜を彷彿させる粉砂糖をまぶし、メレンゲで作った小さなきこりやきのこを飾ります。

凍らせて食べることもできます。この典型的なフランスのケーキは 19世紀の終わりにパリで、歴史学者でありパティシエでもあるピエール・ラカン(Pierre Lacam)のかまどから生まれました。ケーキのおともに半辛口ワイン、またはほのかに甘いワインを試してみましょう。赤ワインやリキュールに似たワインは避けたほうがいいでしょう。アルコールの強い甘口の生ワイン、例えばミュスカなどは、特に、くるみとアーモンドが沢山入ったケーキには合うのではないでしょうか。


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