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タイの仏教と宗教概説

寺院の役割

金曜日 2013年1月25日

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「寺」と聞けば、「葬式」を連想する人も多いだろうが、ここタイの寺はそれほど縁起の悪い場所ではない。

 日本の仏教は葬式宗教の感があるし、寺などは、京都の観光寺院以外は文字どおりほとんど死んでいるようなものだが、タイの寺はバリバリと精力的に生きて活動している。

 タイの寺の多くは学校を兼ねている。僧侶は学問知識に造詣が深いことから身近な教師として人々に親しまれてきた。バンコク市内の有名寺院でさえ、すぐ隣りに立派な鉄筋建築の学校校舎を構えている。行政の力が及んでいない地方では、寺院はまさに寺子屋であり、境内には子供があふれている。

 また、地方の場合、住職はその村一番の賢者でかつ最高の徳を携えている。人々は事あるごとにその徳に触れようとし、寺院側も常に門戸を低くして構えている。格式ばっているのはもちろんだが、人々と距離をおかないように努めているのがタイの寺院の特徴だ。

 民衆は徳を積まねば成仏できないし、僧侶たちも民衆からの喜捨がなければ修行生活を維持していくことができない。タイの寺院と民衆の関係はもちつもたれつなのでどちらかが遠ざかってしまうことは決してない。

バンコク市内の寺院には今ひとつ生活感がなくなっているようだが、地方ではまだまだ 「村と村人の重要な一部」 的な身近さ・親しみやすさがある。そこは単なる宗教の場ではなく、選挙や集会も行われる公民館的祭事場の役割も果たしている。

 葬式もするが、結婚式だってする。人生の良い日も悪い日も、すべて寺と僧侶が面倒を見るのだ。喜びを共に感謝し、悲しみを癒し、明日の幸福を願って徳を積む。タイの寺にはそういう儀式一辺倒ではない生活の場がある。

 拝むだけではすまない上座部仏教国タイの寺院は、ひっそりと静かにたたずんでいるわけにはいかないのだ。

jyaaku.com/travel/thai/buddism/buddism10.html から




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