Buddhachannel

同じカテゴリでは

18 juillet 2016, par Stefania Mitrofan

Mahajanaka Jataka

18 July 2016

Mahajanaka Jataka











Instagram





セクション

現世の苦と宗教

水曜日 2013年9月18日

Langues :

インドへ行き、ヒンドゥー教の思想を少し学んだ。カジュラーホの寺院遺跡を見た。それは、現世を肯定している。目から鱗の感銘を受けた。

世界三大宗教とは、キリスト教、イスラーム教、仏教を言う。(仏教よりヒンドゥー教信者の方が多いが「世界」宗教ではないとする)。そのどれも天国か、より良き来世あるいは極楽をめざし、現世での正しい生き方を勧める。つまり、現世を苦としているわけだ。

世界宗教は、2500年前から900年前のあいだに生まれた。それまでの宗教がどうだったのか、記録はあまり多くないが、インドのヴェーダのような多神教が多かったのだろう。古代エジプト文明では現世と同じ生活が来世にも待っていた。マヤ文明でも、人が死ぬと住居の下に埋葬され、来世も家族の一員として暮らせた。つまり、現世を肯定的に見る宗教が多かったようである。

世界宗教が生まれた時代には、すでに国家があった。貧富の違いができ、不平等が顕著になっていた。そして、人びとのあいだの軋轢(あつれき)が激しくなり、現世が苦になった。それで救済を求め、世界宗教のような思想が現れとき、それを信仰したのだろう。

日本の縄文時代や弥生時代は、部族ごとに集落をつくっていた。そのころの人びとは平等な生活をしていたとわたしは考えている。多くの集落や部族をたばねる国家は生まれていない。その平等な社会を破壊したのが、「文明」をたずさえて朝鮮半島からやってきた移民だったのではないか。そして、貧富の差が生まれ、現世が苦になった。そこへ世界宗教である仏教が導入されたのである。

現在、われわれは他人より多くの「もの」をもつことが富であり、富をもつ者が勝者だとの思想のもとに生きている。これにもとづく資本主義体制を文明と呼び、良い経済システムだと認めてきた。しかし、その社会は勝者にも敗者にも精神的なストレスを与えるので、救済が待ち望まれる。だからこそ現代になっても、死後の世界では幸せになれるという信仰だけが世界宗教として存続しているのではないだろうか。

人間の遺伝子は昔のままだが、世界を飛び交う「もの」も情報も格段に増えた。いくら望んでも人類は昔に戻れない。それでも、「最大多数の最大幸福」をスローガンに国造りをするブータンのような行き方のほうが、わたしには好ましく見えるのだ(*1)。


(*1)ブータンはチベット仏教の国だが、仏教ならよい国がつくれるというわけではない。たとえば日本の仏教界には、太平洋戦争に協力し、米大統領を呪殺するべく行(ぎょう)をした人もいたと言う。フランクリン・ルーズベルトが戦勝の前に急死したのは、それが成功したのだとささやかれてもいる。それでも、他人の宗教を邪教として排斥する一神教より、「色即是空、空即是色」の大乗仏教の方がはるかにましだと思う。ヨーロッパでは、仏教の信者が増えていると言うが、もっともっと増えて、世界の主流の宗教になればいいなと思っている。




フォーラム 会員だけ投稿可能

この掲示板に投稿する前に あなたは登録しなければなりません。あなたに与えられた個人的なIDを入力してくれてありがとう。もしまだ登録してないなら、あなたはするべきです。 登録者。

Connexion登録パスワードを忘れましたか?