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仏教の衰退

金曜日 2014年4月4日, によって ジン

Langues :

1.どうして中国の仏教は衰退したのですか?魏晋南北朝(代)から唐代に繁栄を迎えたのにその後は儒教に押されてしまいました。どうしてそうなったのですか?

2.どうしてインドの仏教は衰退したのですか?マウリア朝(代)からクシャーナ朝代、ヴァルダナ朝代に繁栄を迎えたのにその後はヒンズー教に押されてしまいました。どうしてそうなったのですか?

宗教は、宗教が個人問題であるとされる以前、つまり近代市民社会が成立する以前は、統治者の統治原理であります。
統治者が、どんな統治原理(=宗教)を採用するかという、恣意的な決定にその国家の宗教が何になるかが決まります。

1:中国仏教の衰退
統治原理として儒教を採用したから。民間宗教である道教と融合し、白蓮教などは栄えております。
元の時代では、仏教の一派であるチベット仏教が栄えております。それは、元がチベット仏教を統治原理にしたからです。※ この点が中国の史書に強く言われていないのは、漢民族の中華思想によります。漢民族が認めてないチベット仏教が栄えていたはずがないという決めつけです。

2:インド仏教の衰退
これも、歴代の王朝が仏教を国家の指導原理にしたためです。インドでは、仏教の繁栄した国家の後、分裂時代が続き、それぞれの国家がバラバラな国家指導原理=宗教を奉戴したの、インド全体で特定の宗教が栄えると言うことはなくなりました。多国家=多神教で、みんなまとめちゃうと、ヒンディズムに融合してしまいました。

中国おける仏教の衰退は、唐の武帝の時代(10世紀中頃)の外来宗教の国外追放によっています。 
唐の長安には、キリスト教(景教)、 仏教(密教)、 マニ教、 拝火教(ゾロアスター教)等、外来宗教が林立し、中国由来の宗教が押されて、衰退の一途にありました。これでは、中国古来の文化が滅亡すると考えた武帝は、外来宗教を全て国外追放にしたのです。 その結果、密教はモンゴル平原とチベットに追いやられ、そこでラマ教として、細々と命脈を保ちながら、現在に至っています。ですから、その後中国で起った仏教は、道教や儒教を取り込んだ宗教になっています。 日本にいる中国人が檀家となっているお寺に、京都府宇治市にある万福寺があります。 ここのご本尊は、布袋様と弥勒菩薩です。 

okwave.jp/qa/q2729209.html から



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