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墨家思想

金曜日 2010年7月16日, によって ジン

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戦国時代(BC403~BC221)の墨翟(ぼくてき)(墨子)を祖とする墨家の思想。墨子は孔子(BC551~BC479)と同じ魯出身であった。
墨家は神を信じ人類愛を説くという異色の思想集団であったが、同時にすぐれた守備能力をもつ戦闘集団という面ももっていた。

墨子および墨家の思想をまとめたものが『墨子』である。内容は墨家の思想、墨子の言行録、戦術知識など多岐にわたる。なお、墨家については、『韓非子』『荘子』『淮南子』『孟子』『呂氏春秋』など他の多くの書物にも記述がある。

歴史

主張が単純明確で宗教的雰囲気をも有していたことから、墨家思想は急速に勢力を拡大し、戦国時代の最盛期には儒教と並ぶ勢いであった。

しかし、戦国時代末期から秦代にかけて勢力は急激に衰退し、ついには歴史の表舞台から姿を消してしまった。その正確な理由は不明であるが、(1)墨家内部の変化(たとえば、初期の理想が崩れ、ただの戦争請負業者になってしまったり、派閥抗争により分裂してしまったことなど)、(2)秦の全国統一により戦乱状態が治まったこと、(3)統一国家において士大夫の力が強くなるに従い、保守的な儒教が主流になっていったこと、などが考えられる。

思想

諸子百家には珍しく有神論の立場をとり、人格神としての天を崇拝し、鬼神の存在を信じたが、それは、墨家思想の正当性の根拠が天や鬼神の意思にあるとする主張に基づくものであった。

平和をもたらすのは「自分を愛するように他人を愛すること(「兼愛」)」であり、それは天の意志であるとした。そして儒教が重視する「家族愛を基本とする仁」は差別愛(エゴイズム)であるから、かえって多くの争いの原因となっていると批判した。

兼愛にもとづき非戦を唱えたが、口だけではなく、実際に侵略を企てる国を説得したり、侵略を受ける国の防御に参加することまでした。防御のための戦いはやむを得ないとしたことから、とくに「非攻」という。「墨守」という言葉が残るように、墨家は防御戦に関する豊富な経験や知識をもっており、その戦いぶりもめざましいものであった。墨家集団の経済的基盤はこの能力を生かした弱小国の防衛戦請負業であったといわれる。

階級や血縁を超えて有能な人材を登用すべしという「尚賢」の主張も、兼愛の平等主義につながるものであった。さらに形式的で豪華な礼楽や葬式についても、戦争と同様、支配階級のエゴにもとづくものであるとして、それらを廃する「非楽」や「節葬」を唱えた。

墨家の過激な正義感や行動は、その論理的・批判的な思考方法とともに『荘子』などで皮肉られているが、たしかにその傾向が現実的な中国人に抵抗感を覚えさせ、その後の墨家思想の衰退の原因の一つとなった可能性はあるかもしれない。

homepage3.nifty.com/juroujinn/bokuka.htm から

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