Buddhachannel











Instagram





セクション

サーンチー 第2ストゥーパ (シュンガ朝)

木曜日 2010年6月10日, によって ジン

Langues :

古代インドで支配的な宗教であった仏教は、インド亜大陸全土に寺院や僧院、ストゥーパを建造した。 その大半は仏教の衰退と共に崩れ、焼け落ち、破壊されて、消え失せてしまった。しかしサーンチーの丘の上には樹木でおおわれ、人々から忘れ去られたために、かえって破壊を免れた紀元前後のストゥーパ群が奇跡のように生きのびて、19世紀にイギリスの将軍によって発見された。 大きな土饅頭のようなストゥーパの周囲には日本の鳥居にも似たトラナが立ち、 そこにほどこされた石のレリーフ彫刻は、インドの古代美術の精華であるとともにブッダの教えを絵解きする 「石の絵本」 でもあった。 発見当初は乱暴な調査や盗掘で損傷を受けたが、その後、学問的な調査と忠実な復元によって往古の仏教センターの姿を髣髴させる。 今ではサーンチーは世界の仏教徒にとって、貴重な聖地のひとつである。

欄楯柱の浮彫は、仏教説話をテーマとする図柄はなく、平面的で稚拙な技法から、バールフト出土の欄楯柱より古く、前2世紀末ころの製作時期が想定されている。



 古代の商業都市ヴィディシャーから 9キロメートルほどのサーンチーの小高い丘の上には、マハー・ストゥーパ (大塔) として知られる第 1ストゥーパを中心に、多くのストゥーパや祠堂、僧院址などが残っている。約 50の遺構のほとんどは、古い擁壁によって平らにされた約 380メートルに 200メートルの台地に散在する。

 イギリスのテイラー将軍によって発見された 1818年当時、この仏教遺跡は何世紀も前から廃墟と化して植物におおわれていた。 本格的な学術調査と発掘が行われたのは 1912年から 1919年にかけてのことで、イギリスの考古学者ジョン・マーシャル ( 1876~1958 ) が担当し、考古調査局から詳細な報告書を出版した。

 それによれば、これらの建造物の造営は 2期に大別される。第 1期は古代のマウリヤ朝からシュンガ朝、サータヴァーハナ朝の時代 (前 3世紀~後 1世紀) であり、第 2期は中世のグプタ朝以降の時代 ( 4世紀~11世紀 ) である。 したがってサーンチーは、インドにおいて仏教が栄えていたほとんどの時代を通じて、一大仏教センターとして機能していたのである。ブッダの生涯と直接の関係もないのにこれほど栄え、多くの施設が建てられたのは、ヴィディシャーの商人たちの保護によるものと考えられる。

 
第2ストゥーパ(紀元前2世紀末~前1世紀頃にかけて建設され、三基のストゥーパの中で一番古い。覆鉢の直径は、約14m)


幅2メートルの繞道(にょうどう)に沿って総計八十八本の欄楯(らんじゅん)柱がめぐっている(前2世紀の造立)

サーンチーの遺跡の中心をなすのは、最大の規模を誇る 第 1ストゥーパ で、紀元前 3世紀、マウリヤ朝のアショーカ王 (在位前 268頃~前 232頃 ) の時代に創建された。 当初は、直径が現在の半分程度の大きさで、1世紀後のシュンガ朝の時代にそのレンガ積みのストゥーパを核として、全体を石でおおう増広が行われた。 その結果第1ストゥーパは、ドーム状の覆鉢 (ふくはち) の高さが約 16メートル、基壇の直径が約 36メートルという大規模なものとなった。

 ストゥーパの構成は、ほぼ半球形の覆鉢の頂部を平らに削り、そこを柵で正方形に囲って平頭 (ひょうず) となす。 ここに舎利容器を納めたと考えられるが、調査の結果では、第 1ストゥーパのこの場所は空であった。 平頭の中心には傘竿 (さんかん) が立ち、その上部に三重の傘蓋 (さんがい) がのる。

 古来インドでは聖なるもの (チャイティヤ) の周りを時計回りの方向でめぐることが礼拝行為となり、その道筋を繞道 (にょうどう) という。 第 1ストゥーパでは繞道が 2段構成をとり、高さ約 5メートルある上の繞道への階段は南側につけられていて、その手すりにはわずかにレリーフ彫刻が残っている。 下の繞道は高さ 3メートルを超える石造の欄楯 (らんじゅん) で囲まれているが、もっと古い時代には木製の柵であったろう。 繞道への四方の入り口にはトラナ (記念門) が立ち、くまなく レリーフ彫刻がほどこされている。この門の形も木造のものを石で置き換えた姿をしていて、これが門というものの原型であることを示している。

サーンチーの仏教美術の最高の見どころといえるのが第 1ストゥーパの四方のトラナである。 4基のトラナは、1世紀初めのサータヴァーハナ朝時代に南、北、東、西の順で建てられたとみられる。

 これらのトラナを彩る浮き彫り彫刻の主なモティーフは、仏伝図、ブッダの前生の説話を描く本生図 (ほんしょうず)、そして仏教的象徴群である。 これらを基本にさまざまなな光景の描写と装飾が、各トラナの 2本の柱と、それをつなぐ 3本の梁の表面を、あたかも余白を残すことを恐れたかのようにびっしりと埋めつくしている。

 大きな象の背においた豪華な鞍の上で身をゆらせながら、従者をつれて街路を練り歩く王。マンゴーの枝に遊ぶ雅びな樹木の精たちを、なにげなく眺める果樹園の管理人。 素朴な農具で畑を耕す農夫。大きな瓶で水を運ぶその妻たち。猿の王や 「6本牙の象」 の奇想天外な冒険。 これらのトラナのレリーフ彫刻において、日常生活の風景が、膨大な仏教説話からとったエピソードと違和感なく自然に溶け合っているさまは驚くほどである。

 これら 「石の絵本」 とでもいうべきレリーフ彫刻群が語るインドの古い説話のなかには、歴史上の事実に基づくものもあれば、ただの伝説にすぎないものもある。 そこには、のちにマールワーとよばれる地方の都市や風景が刻まれている。 それらを通してマウリヤ朝のひとつの中心だったこの地方の都市や城郭の様子を、およそ知ることができる。 また、持ち出しの梁を支える方杖 (ほうづえ) の形で、当時の民俗信仰に根ざすインドの女神ヤクシーや男神ヤクシャが、仏教の守護神としてトラナを飾ってもいる。


上半身が女性の動物に乗る人物


象のレリーフ




kawai51.cool.ne.jp/i-sanchi-2tou.html から
kamit.jp/02_unesco/01_sanchi/sanchi.htm から

フォーラム 会員だけ投稿可能

この掲示板に投稿する前に あなたは登録しなければなりません。あなたに与えられた個人的なIDを入力してくれてありがとう。もしまだ登録してないなら、あなたはするべきです。 登録者。

Connexion登録パスワードを忘れましたか?