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18 juillet 2016, par Stefania Mitrofan

Mahajanaka Jataka

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宗教の存在意義とは?

金曜日 2013年8月2日

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勿論檀家(信仰する人,頼る人)が有って寺が存在する訳ですが、所詮はニワトリとタマゴ的な因果だと自分では勝手に思い込んでいますが、現代の日本人は特に無宗教であると何かの折には耳にします、

それなのに、人が亡くなった時には葬式を(圧倒的に仏教が多い)子供が産まれた時や七年、五年、三年参り、新年の祈願、結婚式等は神社でお参りを(神道であります)、クリスマスや,一部結婚式では欧米洋式のお祭りさわぎ(クリスチャン)で、一貫性の無い宗教団体とも言えます。

これら宗教行事に欠かせない人物が、お寺の坊さんであったり、司祭、神主、神官、言い方は様々ですが要するに祭事、宗教行事を信仰する為に欠かせない役割を担う人々がいます、

一般的に皆さんがよく知っているのはお寺のお坊さん、葬式の時にはお経を読んで死者を送ります、これが出来なければお坊さんとは言いません、

さてこのお坊さん本当に死者をあの世に送り届ける為のお経を読んでいるのでしょうか?又本当にお経はその効力が在るのでしょうか?

本来仏教の世界には戒律等と言う物が在るそうですが現代の葬儀式には元々存在していた戒律や決まり事がうやむやになって来ています、

現にお通夜振る舞いの時に生の魚を用いた握り鮨を振る舞ったり、葬儀の当日に初七日の法事を済ませてしまい(本来葬儀の後七日間は生もの獣肉魚肉、精のつく物は食べては行けない)、その日のうちに御仕上げ料理(喪明けの会席料理)を食べてしまうと言う事が普通に、しかも僧侶も同席して行われています、

簡単に言えば檀家も寺も戒律を破りつつも生真面目な振りをして経を読み,拝んで居る訳です。戒律(戒め)無くして仏の教えとは何ぞや。

それならばお経も葬式も全てデタラメの上で成り立っている訳では在りませんか?
そんな事柄に高いお金を払う価値があるのかなあ?
そもそも仏の教えそのものが真理に乏しい様な気もしますが、この議論に関してこの国(日本)では宗教の自由と言う大義名分が在りますので多いに語って行くべきだと思います、

誹謗中傷はいけませんが、根拠が有って現実を語るのは悪い事では在りませんので、堂々と主張させて頂きます。

その営みを平気な顔でしている現代の僧侶、私に言わせれば (売僧)僧でありながら物品の販売などをする堕落(だらく)僧でしか在りません。

棒様の堕落、今も昔も変わりないのでしょうか?皆さんはどうおもわれますか?

kachijiten.com/realintention/realbbs047/ より




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