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朝鮮の仏教

金曜日 2010年6月4日, によって ジン

Langues :

三国時代の初期仏教

朝鮮半島への仏教の伝来は、高句麗へは372年(小獣林王2年)に伝来し、 百済へは384年(枕流王元年)に伝来、 新羅では少し遅れて、528年(法興王14年)に公認された。 五胡十六国時代および南北朝時代の中国から伝えられ、これら三国においてはその後の律令制度の整備に伴い、国家建設の理念としての役割を果たすようになった点が特徴的である。特に新羅においては、護国仏教としての性格が強いのが特徴で、唐の侵攻に対し先頭に立って人民に徹底抗戦を促して、新羅の朝鮮半島統一に大きな影響を与えた。

この時代の仏教は、三論宗、律宗、涅槃宗がまず伝わり、次に円融宗、華厳宗、法性宗が伝わった。この他、主なものに法相宗、小乗宗、海東宗、神印宗などがあった。 三国時代末期から統一新羅初頭にかけて元暁(617~686)は、『十門和諍論』の中で仏法は一観であり、説けば十門となる。百種類の異論を調和させて、一味の法海に至るようにする(和百家之異諍 歸一味之法海)と、根本的な唯一の仏法を「和諍」の思想から世に提示した。元暁と同じ時代に、義湘も活躍し、以後の仏教に多大な影響を朝鮮にとどまらず、今なお及ぼし続けている。

統一新羅時代

統一新羅の時代にも中国に渡る僧は続き、末期にかけて、唐から禅が伝来した。特に新羅第40代の哀荘王の時代(808年)には、法朗が禅宗四祖道信の教えを伝え、813年(憲康王5年)には、曹渓南禅系の馬祖道一の門下である智道の教えを道義が伝えた。その後も同様に、洪陟・円鑑玄昱・忍寂恵哲・通暁梵日・大朗慧無染・哲鑑道允・真徹利厳らが、曹渓南禅系の教えを伝え、九山禅門が成立した。

高麗時代

朝鮮半島は後三国時代を経て高麗王朝が立つが、この時代にも仏教は保護された。しかし、新しく伝えられた禅と、従来から存在する教宗は、次第に対立する様相も呈した。
これを憂えた義天は、宋に入って慈弁から天台の教えを受けて帰国し、依教禅を説いて、天台と華厳の教学によって禅を包摂する禅教融摂運動を起こした。義天の教えは天台宗として引き継がれ、高麗の王室をはじめとした上流階級に支持された。これに対して、義天の半世紀後に、知訥は禅によって天台・華厳などの教学を包摂する教えを説いた。教えによって仏門に入り、その後に言葉を離れて参禅するという知訥の教えは、曹渓宗として引き継がれ、一般民衆の間に浸透していった。

これらの努力により、高麗時代には、禅とともに教学も同等に重視する教義が中心となって続いた。今に伝わる高麗八萬大蔵経が編纂されたのもこの頃で、蒙古の侵攻により危機感を抱いた天台宗およびそれを支持する上流階級が主に事業を推進した。一方曹渓宗の僧侶は山に入り、参禅と学習にいそしむようになった。

高麗中期以降、仏教界はこの天台宗と曹渓宗が主流となっていたが、権力と結びついていた天台宗は次第に堕落し、徐々に上流階級からも批判されるようになって、李氏朝鮮時代の排仏運動と儒教の隆盛につながっていくのである。


李氏朝鮮時代の仏教弾圧

李氏朝鮮時代に入ると、一転して儒教が国教となったため、仏教は徹底的に弾圧された。初期には王族の保護を受けたが、士林派の集権で弾圧が強化された。僧はソウルに入ることを禁止された上、賎民階級に身分を落とされた。また、全国に1万以上もあった寺院は、国家的に保護を受けるべきものが240に限定され、その他の寺院は所有地と奴卑を没収され、また多くが破壊された。さらに、第3代の大宗王7年(1407年)には12宗が7宗に、次の世宗の治世(世宗6年・1424年)にはその7宗派も禅教の2宗派に統合、さらに240の寺院は18寺院を残し破壊されるなど、この時期に仏教の勢力は著しく衰退した。以降仏教は朝鮮王朝の末期に至るまで強い迫害を受けた。

しかし、幼少の明宗が即位し、文定王后が政治を補佐すると、破仏政策に強い不満を持っていた王后は、仏法中興を図った。1551年(明宗6年)には既に廃止されていた禅教の2宗を復旧させ、僧侶の資格試験に当たる僧科も復活させた。僧科からは、『禅家亀鑑』などを著した清虚休静らの優秀な僧侶が輩出した。李氏朝鮮時代に全体的には仏教は弾圧されたが、完全に破壊されるには至らず、また民衆信仰としても保存された。

近代の復興

朝鮮王朝末期になると、近代化の動きの中で仏教への圧迫も弱まった。朝鮮の僧侶たちは日本や中国などの僧侶とも交流しながら仏教の復興に取り組んだ。日韓併合以降は、日本統治の影響により僧の妻帯を認めるなど朝鮮の仏教は日本の仏教の影響を強く受けた。この時期の独立運動家にはキリスト教以外に仏教界の指導者も加わっていた。

大韓民国の成立以後、韓国国内の仏教教団では日本の影響を受けた妻帯に対する批判が起こり、暴力をも伴う激しい比丘・帯妻紛争が起き、比丘宗団は曹渓宗などに、妻帯する帯妻宗団は太古宗などに分立した。分立はしているものの、寺院ごとでは共通して大韓仏教という呼称を自らの教団に対して用いている。この他、密教教団も存在しているようである。一方でキリスト教が勢力を拡大する中で仏教の信者数は減少し、さらに1980年代や1990年代には牧師やクリスチャンらによる仏像や仏画の破壊活動の被害を受けた寺院もあった。
北朝鮮にも妙香山の普賢寺など仏教施設があり憲法には信教の自由の保障が明記されているが実態に国民に信教の自由が保障されているかは極めて疑わしい。詳しくは朝鮮民主主義人民共和国#宗教を参照。

また現在韓国では、創価学会、霊友会、立正佼成会、真如苑など、主に日本発祥の仏教系の新宗教の拠点が韓国内に存在する。一説には、帰国した在日韓国人達の影響があるとも言われている。

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