Buddhachannel

同じカテゴリでは

18 juillet 2016, par Stefania Mitrofan

Mahajanaka Jataka

18 July 2016

Mahajanaka Jataka











Instagram





セクション

自分の住むまちに仏国土を築くために、一体われわれに何ができるのか?

火曜日 2010年9月14日, によって ジン

Langues :

① とにかく役所のことや議会のことを積極的に知ろうとする

 ― 4・5年前に「市役所の市民公益活動促進懇談会」に公募市民として参加したことを皮切りに「公募市民20人による富田林市の総合計画の懇談会の会長」や「副市長や議員なども入った総合計画審議会の市民委員」などを務めてきました。そしてそれ以前から可能な限り議会傍聴を続けています。つい最近も傍聴している見知らぬ人に呼びかけて「富田林市民自治研究会」を立ち上げ 市民の目線から行政や議員に提案・質問する活動を始めました。議会には 政務調査費の公開請求 そして市長には行政への議員の口利きの公開条例制定の提案を起こったばかりです。

― 大分の教育委員会の問題は 一言で表現すると公の機関である教育委員会が、組織的かつ伝統的に私腹を肥やし私益を守ることに使われてきたことにあると言えると思います。これは 戦前の反省から生まれた教育委員会の自主性・独立性の乱用以外のなにものでもありません。その乱用を許したのは「密室性」の一語に尽きます。

― 大分事件で一番大切なことは、「これは大分のこと」「これは教育委員会のこと」と思ってはいけないということです。あなたのまちの教育委員会 そして教育委員会だけでなくあなたのまちの行政や議会も ほぼ似たりよったりと考えて大きな間違いはありません。われわれは知らないだけです。また知ろうとしないだけなのです。

 (この大分事件が 制度や仕組みが問題を生み出している不公正の一つの実例であることは申すまでもありません。大分事件に似たことは、介護支援法や後期高齢者保険制度から100年安心には程遠い各種の社会保険制度そして間接民主主義制度の形骸化に至るまで枚挙にいとまはありません。)

― 役所は口を開くと「法律です・予算がありません」と 市民の疑問を法律と予算を根拠に封じてしまうのを自分の天職と考えているように見えます。でもまだあなたのまちの役所が、 霞ヶ関の言う通り、つまり霞ヶ関が作った法律・通達通りに仕事をしてきた時代はまだそれでもあなたの被害は少なかったのです!いまや地方分権の波は押しとどめることはできません。霞が関の権限は次第・次第に地域に移されてくることでしょう。ちょうど戦前は行政が牛耳っていた教育委員会が戦後独立的な運営を任されたように あなたのまちの役所は次第に霞ヶ関のコントロールを離れた状態におかれることになります。役所や議会の今の密閉体質を何とかしておかないと、大分の教育委員会のように「自治の乱用」があなたのまちで起こること そして それはただですら少なくなる税金の無駄使いがますますひどくなることは火を見るよりも明らかではないでしょうか。考えるだけで空恐ろしさを感じませんか。  

― まずは 議会傍聴、そして役所はいろいろな委員会や審議会に公募市民を求めています。それらに参加するなどあらゆる可能な方法で議会や行政を知ろうとすることがまず大切と思います。そして議会傍聴をして、疑問がれば議員の部屋に行って聞いてみる、役所のやり方についても疑問があればなんでも行政に聞いてみることが大切と思います。

― そして 同じ志を持つ市民と手を携えて、行政の予算作成過程 議員の口利き 行政や議会での決定過程の情報公開 特に税金の使われ方についての情報公開と透明化を求めていくことが必要だと思います。

― 情報公開の一番の近道は 実は 市民が行政や議会の意思決定の過程の現場に身をおくこと つまり市民参加です。行政や議会の意思決定、政策決定過程の情報公開と同時に市民参加を求めることも大切と思います。

― 常に留意しておくべきことがあります。その一つは 議員は口がうまいのは昔からですが、最近役所の窓口も大変人当たりが優しくなっています。しかし役所や議員の「自分の都合の良いように仕事をする、寄らしむべし、知らしむべからずという本質」は 何一つ変えようとはしていません。役所や議員のこの表面の笑顔にだまされてはならないという点です。もう一つは ただし 市民の側もモンスターシティズンになってはならないという点です。「市民こそが社会の構造や仕組み創りの担い手である」(by people)との意識を常にもっておくことが極めて大切と思います。そして 行政や議員の姿勢をたださせていくなかで、行政や議員と共に市民も育っていく姿勢が大切ではないかと思います。これがわれわれの住むまちが、そして日本が、財政危機と官僚主権の弊害を克服する唯一の道ではないかと思います。


② 官製の市民活動にもドシドシ参加してみてみる

 ― 市民活動には NPOのように市民が自主的に創りだしたいわば「市民発の活動」と自治会長や青少年指導員や民生委員のように役所(政府)が創りだしたいわば「官製の市民活動」の2つタイプがあることはご存知の通りです。私は10指に余る各種のNPO活動に加え、保護司・町会役員・小学生の見守り・中学校区での教育協議会、社協の評議員・地区福祉委員会などなど ダボハゼよろしく 10指に余るいわゆる「官製の市民活動」にも積極的に参加しております。

― 行政は縦割りだとよく言われます。その通りです。確かに組織で仕事をする限り分業は避けえない問題です。しかし今の行政の縦割りは 全く常識を超えて行き過ぎたものともいわざるを得ません。縦割りは 守るべき公益とは何かという理念の欠如した役人に安住の職場を保障しているだけに見えます。官製の市民活動をしていると 自分の住んでいるまちが、いかに見事に行政の縦割りで(つまり行政の都合で)分断されているかに気づくことができます。不思議なことに行政もまた当の住民も役所の中の縦割りには気づいていても 市民が役所によって窓口単位で囲い込まれていることによって、自分の住んでいる地域の市民もまた縦割りに分断されていることに殆ど気づいていません。日本の市民は 役所任せの結果 役所の縦割り行政を 自分の住むまちの住民の立場・目線から 再編成を行うという主体的努力を怠ってきたように思います。このことに行政も市民も気づかない限り、そしてその再編成に汗と知恵を流さない限り 日本の地方そして日本の国としての真の再生は極めて難しいと思います。「市民発の活動」はもちろんですが、「官製の市民活動」にも機会があれば ぜひドシドシご参加下さい。市民発にしても、官製にしても自分のまちにどんな市民活動があるのかは、分かろうとすれば必ず分かるはずです。情報は溢れています。

③ 自分の住む町内に人間関係を再生させる!

― 私の属する町会は約80所帯と本当に小さな町会ですが 町会役員は順番で嫌々引き受ける人が殆どで となり近所の付き合いも殆どないというのが現状です。5年ほどまえに(順番で)町会長の役が回ってきたときに、役員会とは別に「グラウンドゴルフなどを通じて世代を超えて隣近所が交流できる会」を発足させ、会長を1年で終わった今も、月に二回ほどグランドゴルフを続けています。今年は その気のある人々(探せば必ず見つかります)を探して「自主防災の会」を発足させました。2年前に富田林全体の町会の連合会の理事となり、役所の“お手伝い”に終始しているだけの町会なり連合会が 少しは市民の声を行政に届けたり、あるいは地域の課題を行政や学識経験者を交えて研究するような市民団体になれるようその革新に微力を尽くしています。

― 行政活動の肥大と共に、日本人が隣近所とのお互いの支えあいを忘れて長い時間が経ちました・・・。地球環境の悪化や財政逼迫や高齢化は何も悪いことばかりではありません。これから日本にもしも人間関係の再生が始まるとすれば 多分その原動力は これらの問題だと思われるからです。「(地震・火事・泥棒などの)地域防災」や「(高齢者や独居老人同士の支えあいなどの)地域福祉」こそが、自分の住むまちに人間関係を再生させる最大の原動力ではないでしょうか。そしてそれこそが 孫子に 100年安心の社会を残していく遠いように見えて一番の近道ではないかでしょうか・・・!?

山内庸行 より

フォーラム 会員だけ投稿可能

この掲示板に投稿する前に あなたは登録しなければなりません。あなたに与えられた個人的なIDを入力してくれてありがとう。もしまだ登録してないなら、あなたはするべきです。 登録者。

Connexion登録パスワードを忘れましたか?