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Mahajanaka Jataka

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サンガはどのようなものであったか (一)

木曜日 2010年5月20日, によって ジン

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「僧」は今では一人ひとりのお坊さんを表す言葉となっているが、もともとはお坊さんの集団を意味した。現代語にあてると「教団」ということになる。要するに「般若団」の「団」にあたる。

 もともとは仏教が生まれた紀元前5世紀ころにあった共和体制の国や、商工業者のギルドを表す言葉であった。仏教の開祖の釈尊が生まれた釈迦国も共和体制の国であったので、出家者の集団の運営規則もそれにならって作られ、その集団もサンガと呼ばれることになった。共和体制の国や商工業者のギルドには、専制君主的な指導者はおらず、その組織は合議によって運営されていたので、一般的には仏教教団も非常に民主的な組織であったと考えられている。

 ところがこのサンガのことはあまりよく知られていないし、実はまだあまりよく分かっていない。仏典によるサンガの定義は、「界として結界されたある一定の地域の中に住する、布薩や自恣その他の羯磨を共に行う4人以上の比丘、あるいは比丘尼の集団」である。

 「界」というのはインド語の‘sImA’(シーマー)で、これはやくざの世界で使う「シマ」の語源であると考えられている。まさしく「縄張り」を意味する。例えば東京都の新宿区を「4人以上の比丘、あるいは比丘尼の集団」が‘sImA’として結界すると、それがサンガの基礎になる。

 「布薩(ふさつ)」と「自恣(じじ)」は、このサンガを単位に行われる定例行事で、「布薩」は毎月2回、満月と新月の日に行われ、「自恣」は4月16日から7月15日までの雨季の三ヶ月間にわたって行われる「雨安居(夏安居ともいう)」の最後の日に行われる。二つとも界の中にすむ比丘や比丘尼が戒律に悖ることがなかったかどうかを確認する会のことであるが、布薩は「告白」が原則であるに対し、自恣は「告発」を原則とすることが異なる。要するに自分で罪を自白するか、他人から罪を指摘してもらうかの違いである。

 インドにはその習慣はなかったが、おそらく中央アジアかあるいは中国において始まった盂蘭盆会(お盆)は、この自恣の日にあたる。一般にお盆は7月15日か、8月15日に行われ、これは新暦と旧暦の違いと考えられているが、ほんとうは自恣を7月15日に行う場合と、8月15日に行う場合との2種類があったことによるのではないかと思われる。インドの雨季は地域によって異なるので、4月16日から7月15日までの前安居と、5月16日から8月15日までの後安居の2種類があったからである。

 「羯磨(かつま、こんま)」というのは「布薩」も「自恣」も含むサンガとして行う行事の一切をいい、例えば「結界」をすることも、罪を犯した比丘あるいは比丘尼を処罰するのも、あるいはひとりの成人に達した男子を比丘としてサンガの一員に迎えるかどうかを審議することも、すべて「羯磨」である。この「羯磨」は「界」に住むすべての出家者が出席しなければ成立しない。そしてその議決要件は全員一致である。もし誰か一人でも反対すれば、その議案は成立しない。

 「4人以上の比丘、あるいは比丘尼の集団」というのは、このサンガが成立する最低限度の人数であって、平均するとだいたい15人前後の出家者からなっていたのではないかと考えられる。一人の大和尚の下に3、4人の弟子がおり、この3、4人を和尚にしてそれぞれまた3、4人の弟子がいるという感じである。しかし大きな寺院では、その構成員が100人を超えるような場合もあった。また比丘と比丘尼は一緒に住むことが許されないから、比丘サンガと比丘尼サンガは別ということになる。しかし比丘尼サンガは比丘サンガに従属する形でしか存在しえない。そこで比丘尼が住むお寺は、比丘の住むお寺の鐘の音が聞こえるくらいの近くに作られた。

 このようなことが記されているのが「律蔵」という文献である。「律蔵」は「経蔵」と「論蔵」とならぶ「三蔵」の一つであるが、日本の仏教は戒律が無きに等しくなってしまっているので、日本の仏教界では伝統的にこの研究が立ち後れていた。だから不正確な知識が横行しているし、いまだ分からないことも多い。

 例えばいま書いたものが「サンガ」であるとすると、これを「教団」と現代語で表現することは正しいだろうか。「教団」といえば、大はヴァチカンの教皇が全世界の教会を統括するカトリック教団をイメージするだろうし、身近なところでは曹洞宗とか浄土真宗本願寺派という宗派を思い浮かべるであろう。しかし先程の定義からは、せいぜい福井県の永平寺で修行している雲水たちからなる集団であって、「教団」というものはイメージできない。

森 章司(東洋大学教授)より
http://www14.plala.or.jp/hnya/tokub... から

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