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真言宗大覚寺派教学講習会速記録 (七)

日本における仏教の性格

月曜日 2010年5月17日

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明治4年には修験道が廃止になっている。神仏を融合し自然の中にその実践活動の場を見いだした修験道は、すべてのものに価値を見いだし、その役割を認め多元的世界観を表現するものとして存在したが、それはそのまま本来の仏教が持っていた性格であり、それを体現するものが密教であった。

すべてのものがそのままで意味あるものと捉え日本の神々も不可欠のものとして、その思想体系の中に入れて調和ある社会、精神世界を醸成した。それが日本仏教の姿だったが、鎌倉時代には切り捨て主義とも言える専修仏教、念仏、禅、題目などに絞られた一行主義が流行したが、それはキリスト教で言えばプロテスタント的なものであった。

そもそも仏教は、お釈迦様が成道されたあと誰に説いてもこの境地は理解されまいと思われたのに梵天がやってきてこの世の中には煩悩が薄い者もあり教えを垂れることによって悟れるでありましょうとの進言により仏教がある。いわゆる梵天勧請があって仏教が生まれた。つまり、他の刺激によって開かれていく教えであり、他の者を自らのために役立て、また他を生かしていく教え。他の言葉、神、地域に応じて教えを説いていく。他のすべての価値を認め、それらすべてを対象にして教えがある。

このような、たぐいまれなすべての者に優しい平和な教えである仏教を否定したのが明治政府であり、それは維新と言われる前には御一洗、一新と言った。仏教にまつわる旧弊を洗い流す、一新するのだとの意味があった。神道を国の教えとして仏教を貶めたもののキリスト教が猛威となると手のひらを返したように仏教をごく限定的に認めていく。

その仏教は、西欧の近代科学思想を学んだ人々によって好まれた、つまりプロテスタント的な一行主義の鎌倉仏教が珍重され、総合仏教である密教、特に真言宗は貶められ、その祖である弘法大師は仏教学者たちの世界での立場を失っていった。しかし戦後京都学派の湯川博士らが日本における最も才能あふれる人物として弘法大師に注目したが、これからの日本社会には空海の思想、密教的なる世界観が不可欠であろう。

http://blog.goo.ne.jp/zen9you より

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