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18 juillet 2016, par Stefania Mitrofan

Mahajanaka Jataka

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華厳海会諸聖衆曼荼羅についての一考察

月曜日 2010年4月12日, によって ジン

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京都・高山寺に所蔵される「華厳海会諸聖衆曼荼羅」は、『華厳経』における毘盧遮那如 来の説法を象徴的に描いたものとされる。本図には明恵上人(1173-1232)の華厳思想が大 きく反映していると考えられており、制作年代についても、明恵在世時まで遡る可能性が指 摘されている。先行研究により、中央三尊は宋画を典拠としていること、また、周囲に描か れた諸尊の多くは唐・実叉難陀訳『華厳経』(八十巻本)に拠っていることなどが明らかに されているが、諸尊の具体的な図様典拠や本図のもつ教義的な意味など、不明な点も多く残 されている。本発表では、本図のイメージソースを特定し、その思想背景を考察する。また、 同時代絵画との比較検討により、本図の絵画史上での位置付けを明らかにしたい。
<brまず、図様の源泉については、ある経典が注目される。それは、『華厳経』(八十巻本) の序品「世主妙厳品」に登場する聖衆の名前を抜粋列記し、ところどころに聖衆を描いたも のである。その最も古い作例は、韓国・海印寺にある高麗時代の版木残欠本で、そのほか、書写年代が明らかな「紺紙金泥大方広仏華厳経世主妙厳品変相図」(1350年、韓国・国立中 央博物館)などが現存する。中央博本は完本で、そこに描かれた諸尊の多くが高山寺本と共 通する図様であり、高山寺本の典拠として中央博本のような作例が想定される。

では、これらの特異な図様はいったい何を表したものなのだろうか。ここで注目されるの が、『華厳経』「世主妙厳品」に登場する諸天神衆を信仰の対象とした、華厳神衆信仰であ る。高麗時代には、華厳神衆に国難克服を祈る法会が数多く行われ、華厳神衆信仰が盛行し たことが知られる。宋における華厳神衆信仰の様相をうかがい知る史料は見出せないが、宋 と高麗が仏教を通じて長く交流していたことを考慮すれば、宋にも同様の信仰があった可能 性もあろう。ここで、高山寺に目を向けてみると、『高山寺明恵上人行状』(1251年成立)に は、明恵が高山寺において、「華厳世主妙厳品」を祈雨のために転読させたことが記されて いる。通常、祈雨儀礼の際に転読されるのは『大般若経』であり、明恵が何の根拠もなく『華厳経』「世主妙厳品」を転読させるとは考えにくい。ここで想起されるのは、高麗において 数多くの華厳神衆法会が行われたという事実であり、明恵は、高麗ないしは宋におけるこう いった動きを踏まえていたのではないかと推測される。

以上に加え、本図と表現の共通性が指摘されている「涅槃図」(高山寺蔵)と「釈迦誕生図」 (円通寺蔵)、相似の画面構成をとる「華厳海会善知識曼荼羅」(東大寺蔵)など、同時代の作品 にも言及し、それらを生み出した高山寺における造形活動の一端を明らかにしたいと考える。

森實久美子さん より

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