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多神教・一神教・無神論・汎神論

金曜日 2010年4月2日, によって ジン

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つらつら日暮らし tenjin95 より

人間の宗教がどのように進展してきたかについては、これまでも様々な論じられ方をしてきました。無論、一神教系の信仰にある人は、常に一神教が歴史を作ってきたのだと信じたいとは思いますが、宗教学者(宗教社会学者)などに於いては、とっくにそのような概念は破壊されて、宗教は進化論的な変貌を遂げるということが自明として論じられます。

そんな中、決して宗教学者とは言えないかもしれませんが、フランスの哲学者アンリ・ベルグソン(1859〜1941)の『道徳と宗教の二源泉』(原典は 1932年発刊されたベルグソン最後の主張著作。なお、白水社『ベルグソン全集6』所収、中村雄二郎訳を参照)なんかだと、世界の宗教というものは最初「閉じられた宗教」から「開かれた宗教」に創造的進化をするものであり、進化の原動力は、「閉じている社会=静的宗教」に於いても源泉として活動し続ける「超越的原理」の「創造的エネルギー」であり、このエネルギーを神秘的直観できる様々な宗教者(ベルグソンの例では「ギリシャの賢者」「イスラエルの予言者」「仏教の阿羅漢」その他、となっている)が現れて、「開かれた社会=動的宗教」を作るからだ、としました。ベルグソンは世界宗教というように広がりを見せるそのエネルギーを評価し、結果として、キリスト教神秘主義を最高のものとして表明していきますが、これはかの宗教が、肉体の範囲を拡大させて、魂を変貌させることであらゆる世界を動的な「生命の飛躍」をもたらすからだとしております。ベルグソンには原始社会対高度社会という対立がありますが、宗教的な対立、つまり形としての「多神教」「一神教」「無神論」「汎神論」ということは、余り関係がありません。これは当然で、社会の発展は決して一様ではないからです。

ところで、先日ですがHN:医師如来さんから以下のご質問をいただきましたので、お答えしたいと思います。

興味深くブログ拝見しております。多神教→一神教→無神論と人類の思想は進んできたように思いますが、そろそろ汎神論に目覚める時期では?と思いますが如何でしょうか?

正直、ベルグソンの考えなどによる限りでは、相当に?が付くご質問なのですが、ここでは一応この4つの考え方を採り上げて、実例を挙げながら考えていきたいと思います。そこで、まずは各宗教の定義付けからですが従来通り岩波『広辞苑』から引用しますが、それは

(1)にあたります。(2)は拙僧の補足説明です。

多神教:

(1)複数の神々を同時に崇拝する宗教。自然現象を人格化したものや、人間生活の様々な局面を投影した独自の性格と形姿を持つ神々に対する信仰。原始的諸宗教や古代の宗教の多くはこれに属する。←→一神教。

(2)他にも、日本の神道などもこれに属する。

一神教(一神論):

(1)キリスト教・イスラム教・ユダヤ教のように、唯一の神的存在者だけをみとめてこれを信仰する宗教。←→多神教。

(2)西洋哲学者はどこか西洋の一神教的信仰を宗教の完成態だと見なして、他の地域における多神教を低い位置に見るものが多いが、実は一神教的信仰は理念上でのみ有効であり、実際の体系は既に多神教的なものが混合しているものが多い。例えば多神教的な外見を持つ古代インドの宗教は、祭祀に当たって対象となる神を一神論として考えるために「単一神教」「交替神教」と呼ばれ、また、古代イスラエルなども多くの神を求めながら一神だけを崇拝するという「拝一神教」などのスタイルがある。

無神論:

(1)神の存在を否定する思想。神の特別の(特に人格的意味における)存在を認めず、世界はそれ自身によってあるとする説。自然主義・唯物論などはこの思想に属し、汎神論もまたしばしば無神論と目される。←→有神論。

(2)無神論とは二つに分かれる。①何らかの超越者を認めつつも、それを神と呼ぶことに対して既成宗教が認めない。②如何なる超越者の存在を認めない。①の場合には聖典の批判や政治論でユダヤ教からもキリスト教からも非難されたスピノザや「無神論論争」を行ったフィヒテなどがこれにあたる。カントも、神の存在は認識できないとして、在籍する大学の神学部から批判された。この批判の状況を以て「無神論」とするため、本人達が神をいたと見るかいないと見るかは関係ない。②の場合は、近代以降唯物論的な論理を展開する人が当たる。要するに、世界や自然がそれ自身造物運動するものだと規定することで、造物主の神を否定することである。②についてはマルクスなどがこの立場で宗教を批判したが、同時にマルクスの主義主張を信仰するいわゆるの「マルクス主義者」などは、神を否定して人間を絶対化していく動きになったが、ニーチェはその動きすらも否定した。

汎神論:

(1)一切万有は神であり、神と世界は同一であるとする宗教観・哲学観。インドのウパニシャッドの思想、ソクラテス以前のギリシャ思想、近代ではスピノザ・ゲーテ・シェリングなどの思想はこれに属する。万有神論。←→一神論。

(2)汎神論にも多くの種類があり、インドのウパニシャッドなどは神のみを絶対的存在と見なし宇宙を非実在とする「無宇宙論的汎神論」であり、神は宇宙に内在していて、その力が全宇宙に及んでいるとする「内在論的汎神論」もある。神は絶対的で宇宙と同一であり、宇宙を無変化だと見なす「絶対的一元論的汎神論」、世界は実在であり変化するが、神の内であるとする「相対的一元論的汎神論」、神と世界は相即的であり、それらは同一の実在の2つの名称であるとするスピノザの汎神論がある。

ということで、以上のような分類が出来ました。然るに、先の質問の内容は何を言っているということなのでしょうか?つまり、西洋における宗教についてのお話しだということが仮定できます。

ギリシャ=ローマにおける多神教的な神話⇒ローマ帝国によるキリスト教の国教化による一神教的信仰の普遍化、までは拙僧も見解を一にしますが、それからは時期的にはルターによる教会大分裂時代を経てからスピノザの汎神論(ただし、外見的には無神論)が来て、そして超越者の否定による唯物論的な無神論が来たわけです。

結果として汎神論が無神論の後に来るのではないか?というご意見について、なるほどそういった考え方があるかもしれないと思いつつも、汎神論は一神教的世界では常に唯一神との連関で繰り返し論じられてきた考え方であり、いわゆる進化の結果としての到達点にあるとは思えません。

また、他の諸国に於いては宗教の進化論的な記述そのものをも効かないような場所があります。例えば我らが日本ですが元々は多神教的な信仰であったと思われますが、この状況は非常に永く続き現代まで続いております。途中に法然などによる一神教的な浄土教が始まりましたが、これは全てではなく、また現代に於いて無神論だという考え方もありますが、やはり先祖の供養を行う割合は、未だ60%を超えている以上、先祖=多神と見なせば、日本は未だに多神教的信仰であると思われます。

なお、一神教の成立が信仰の完成だと見る西洋では、多神教的な信仰を一神教的な信仰を様々に論じる説が多いです。されど、例えばヒュームによる多神教⇒一神教やシュミットに見る一神教は常にあって、多神教はその退化であるとする説、ペッタツォーニなどによる、多神教的世界から預言者的直観によって一神教は創唱されたとする説、和辻哲郎の砂漠の遊牧社会という「風土」から一神教が生まれてきたなどの説がありますが、どれも結論を見ておりません。

拙僧つらつら鑑みるに、もしかして医師如来さんは汎神論こそ信仰の完成かと思われて、いわゆるの進化論的な最新のものだと位置付けたいのかもしれませんが、その論理の構築は非常に困難であり、社会に対する歴史的調査は充分に行った上で表明されるべきかと思われます。少なくとも、先に挙げたベルクソンや、ヒューム・シュミット・ペッタツォーニを始めとする宗教進化論に関する諸説はよくよく批判的に吟味されるべきでしょう。そうした上で、独自のご見解を出す分には拙僧も勉強になりますので、是非にお願いしたいと思います。ただ言葉として上記の質問のように並べられても、拙僧には本回答以上のことはお答えできません。

なお、別の場所で論じられましたが、拙僧は道元禅師が汎神(仏)論だとは思っておりません。それは、道元禅師の仏性はあくまでも、修行者当人による行為主体が必要であり、行為主体の仏行によって自己−環境と分割された質的な落差において悉有仏性が初めて看取されるのであり、道元禅師を始めとして、法孫である曹洞宗の修行者が悉有仏性だとする行為論的な記述を行うことは大変に結構ですが、修行もしないような俗人が表明することは意味だけを得ても、悉有仏性を行うことができません。いわば、道元禅師は一切衆生を悉有仏性たらしめるために修行しているのであり、修行可能なのは一切衆生(としての修行者)が悉有仏性だからであります。この辺りは『弁道話』における大変的確な説示を参照するべきでしょう。

この法(=阿耨菩提)は、人人の分上にゆたかにそなはれりといへども、いまだ修せざるにはあらはれず、証せざるにはうることなし。

どこまでも、修行者そのものの仏行に伴う視点形成によって、自ずと一切衆生悉有仏性と言明されていくのであります。汎神論の原意はどこまでも超越者のとしての神を必要とし、それとの連関によって得られていくものです。しかし、道元禅師にはそういった超越はありません。似ているかもしれません。されど全く違うものでもあります。拙僧としてはいたずらに類似点を見付けていくよりも違いこそ重要視したいと思いますので、以上のような違いを表明いたしました。

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