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18 juillet 2016, par Stefania Mitrofan

Mahajanaka Jataka

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僧侶の立場から見た「内観」

水曜日 2013年3月20日

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内観は宗教ではないのですが、僧侶の修行と、「悟り」にとても共通するところがありますので、ご説明させていただきます。

現在、大変な仏教ブームでして、書店の仏教コーナーには寺院を巡礼するものやお経を解説するものなど、沢山の書籍が積まれており、ベストセラーになっているものも大変多くございます。

また、東京や京都の博物館などで、四国遍路や空海に関する展示が行われると長蛇の列ができ、旅行会社が主催する遍路ツアーなども申し込みが殺到しているようです。

このように多くの方々が仏教に興味を持ち、実際に寺院参拝をしたり、教えを理解しようとしているにも関わらず、実際に座禅をしたり、写経を実践して、なにかを体得しようとする人は少ないのが現状です。

スポーツなどもそうですが、理論(教義)を学ぶだけでは体得した事にはならず、実際にその理論(教義)に基づいて実践してみる事が大切なのですが、これを行う人が少ないのが大変残念です。

また、書籍に書いてある事を読んだだけで、理解したと錯覚してしまい、その気になってしまう人も多いのではないでしょうか。

もちろん、寺院にて座禅や写経をしたことがあるという人もいらっしゃると思いますが、一時の安らぎの時間を過ごしただけで終わっている場合も多いようです。

僧侶が修行により体得しようとしている「悟り」の境地とはどのようなものかご存知でしょうか。「悟り」とは「吾(自分)を知る」ことなのです。

人間は、先入観や感情や偏見など、様々なフィルターを透して世の中の事柄や物を観ています。しかしこうした、観方をしていると、本当の姿が見えなくなってしまうのです。その結果、「自分の思うようにならない世の中」になってしまい、苦しみが生まれるのです。

つまり、全ての苦しみは、自分自身が生み出しているのです。

同じ境遇にいても苦しむ人と苦しまない人がいると思いますが、その違いは、心の持ちようであり、つまりは環境や境遇がその人を不幸にしているのではなくて、その人自身(の心)が不幸を生み出しているのです。

それでは、この苦しみから抜け出すのにはどうしたら良いのかといえば、先入観や感情や偏見を捨てて、事実をありのままに観る訓練をすればよいのであって、これが出来るようになれば、心安らかに暮らす事ができます。

例えば、怒っている人がいるとします。その人はなぜ怒っているのでしょうか。自分の弱さを隠すためだったり、自分の立場を守るためだったり、自分を受け入れてもらいたいからだったりする事が多いのですが、その人はそこまで自分の心を覗いた事がないので、なぜ自分がいつも怒っているのか、なぜ自分はいつもイライラしているのかということを知らないのです。

そして、怖くて、自分の弱さを認めることができず、自分自身にも言い訳をし、自分の本当の弱い心を観て観ぬふりをして生活しているので、いつまでも苦しみから抜け出す事ができないのです。

書店でよく売れている般若心経の解説本などを読むと書いてある事ですが、心をニュートラルの状態にして、先入観や感情ではなく、ありのままの事実を観る事が大切な事であり、これにより苦しみから解放されるとあります。

こういった書籍を読んで、「ああそうか」と思う人もいらっしゃると思いますが、実際にそれを実践できるでしょうか。

先ほど述べたように理論(教義)が理解できたとしても、実際にその心の状態が得られなければ何も変わりません。

それでは、何年も山に籠ったり、座禅をしたりできるでしょうか。

社会生活もありますから実際には無理な事だと思います。

私自身も、山寺に籠って修行したり、密教の瞑想である阿字観をしたり、山々に登って修験修行をしたりしましたし、時には禅宗のお寺で座禅をした事もございますが、どのような修行方法でも長い年月が必要だと感じました。

そこで、短い期間で、事実をありのままに観る訓練は出来ないものかと考えていたところ、「内観」に出会いました。

「内観」は、先入観や感情や偏見などのフィルターを透さず、事実をありのままに観る為の訓練であり、僅か一週間の実践です。

私も最初は、一週間でどれほどの効果があるのか半信半疑で研修を受けてみたのですが、一週間経ってみると、僧侶の数年分の修行が凝縮しているのではないかと感じた程でした。

もちろん、全ての人に効果があるとはいえませんし、自分の心を覗く事に抵抗して上手く内観できない人もいらっしゃいます。

しかし、自分が「苦しかった」本当の理由が理解できるようになります。

そして、どうすれば苦しみが安らぎに変わるのかも、その人なりに何かをつかむ事が出来ます。

そうすれば、後は、自分なりにつかんだ方法を、普段の生活でいかに実践していくかという課題が残るだけです。

集中内観直後の効果も、なにもせずに何年も経てば段々と薄れていくと思いますが、苦しくなったときに、どうすればよいのかという事を一度体験して理解していれば、むやみやたらに慌てることもなく、集中内観をした時のことを思い出したり、また、もう一度集中内観をしてみたりすることが出来ますので、その後の人生が大きく変わってくると思います。

現在、「内観」は心理療法の分野で注目を集めていますが、仏教に興味があって、座禅などの瞑想をしてみたい、またはしているという人にも、一度体験してみていただきたいと思います。

人間が幸せを感じる方法は、万国共通なのだということも理解できるとおもいます。

内観を研修できる施設は全国にございますので、ご興味がございましたら検討してみてください。

(全国の研修所は全て独立して運営されておりますが、群馬内観研修所にお問い合わせいただければ、日本内観学会員が運営する、信頼できるご自宅近くの研修所をご紹介させていただきますので、遠慮なくお問い合わせください。)

http://www15.wind.jp/~jyorenin/naikan/more/index.html から




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3 フォーラムメッセージ

  • 僧侶の立場から見た「内観」 2010年5月17日 10:59, によって Dia

    ジン様
    訪問有難うございます。
    フランスでBudda Channelを立ち上げるとは感心します。
    時間があれば、日本語の間違いは指摘させて頂きます。
    仏陀の考え方は人の行動に善悪はあるが、人の善悪はない。
    迷いを無くせば誰でも生まれながらの正しい性質が現れるという
    穏やかな思想です。世界に平和が訪れるように頑張ってください。

    repondre message

  • 僧侶の立場から見た「内観」 2010年5月17日 11:00, によって ジン

    ご返事有り難うございます。Dia 様のご支持していただくことが幸いでございます。今後から、仏陀の教え方、思想を頑張りましょう。

    repondre message

  • 僧侶の立場から見た「内観」 2010年5月17日 11:02, によって Dia

    ジン様
    生命を持つものがすべて平和に共存できるための答えはあると思います。
    形而上学的な世界だけでとどまらないで、理解が得られやすい科学 的な手法の事実検証を大事にして進めると好いですね。

    repondre message