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中国茶の歴史(二)

お茶が文化となった「唐」の時代

火曜日 2013年3月12日

Langues :

お茶の歴史のポイントとして重要な時期は唐でしょう。

唐(618〜907年)は当時世界最大の帝国でした。大きな勢力をもつ統一国家が成立したことによって南北の壁が取り除かれ人や物の行き来を活発になりました。

お茶は最初のうちは原産地である南方の人が飲んでいたものでしたがこれが全国的に広がっていったのです。お茶は疲れを取る効果があるということから重要な飲み物となっており、仏教寺院の僧侶が修行の際お茶で疲れと眠気を飛ばしていたのも人々にお茶が広がるもととなりました。

お茶の歴史的ポイントとしては唐の時代に「茶聖」と呼ばれる「陸羽」がお茶のバイブルと呼ばれる「茶経」を記したことです。お茶の本来の味を楽しむ正しいのみ方やお茶に関する知識を体系化し、ひとつの文化にまで高めたといえましょう。

現在は釜入りが主流の中国茶ですが、この頃のお茶は蒸して酸化を止める方式でした。

この時代のお茶も茶葉を固めた固形茶で、「餅茶(びんちゃ)」と呼ばれていました。なお、ここで出てくるお茶は緑茶です。烏龍茶など他のお茶はずっと後に誕生することになります。

唐のお茶はどのように飲まれていたのでしょうか?

唐の時代にはバリエーション豊かなお作法が生まれました。

陸羽が残したお茶のテキストには「煎茶」という飲み方が細かく指示されています。

おなじみの「餅茶」を火に焼いて水分を飛ばします。そして薬研(やげん)で挽いて、粉状にしたお茶をふるいにかけた後、お湯で煮る方式です。お湯で煮るときに塩を一つまみ加え、お湯の入った鍋をかき混ぜながらお茶の粉末を入れました。煮込むときの泡も鑑賞していたようです。塩はお茶の苦味を緩和し、甘味を引き出すために使ったといわれています。

「唐のお茶は釜で煮た」と覚えておくとよいでしょう。

唐代では「煎茶」だけでなく地方によってさまざまな飲み方がありました。枝ごと切り落としその場で煮て飲むようなお茶を「粗茶」とよんでいました。その他にも蒸して作った中国緑茶を成形せずに葉っぱの形を保ったままの「散茶」、粉状にした「末茶」などが存在していました。

唐の時代にはお茶の世界が確立され、さまざまなバリエーションを作る素地が出来始めていたようです。

土屋祐子さん より




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